覚え書:「今週の本棚・この3冊:原爆 川村湊・選」、『毎日新聞』2015年08月09日(日)付。
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今週の本棚・この3冊:原爆 川村湊・選
毎日新聞 2015年08月09日 東京朝刊
<2>原民喜戦後全小説(原民喜著/講談社文芸文庫/2376円)
<3>原水爆漫画コレクション 全4巻(手塚治虫ほか著/平凡社/各3024円)
また、原爆の日がやってきた。戦後70年は、広島・長崎の被爆後の70年でもある。しかし、それは「原発事故後4年」でもある。私たちは、広島、長崎そしてビキニの後に、福島を付け加えなければならなくなった。原爆に関する表象文化についても、ただ原爆のことだけを問題にすればよいということではなくなった。原爆をもたらした戦争のこと、民族主義や文化的衝突のこと、そして経済的、軍事的、国際的な社会システムとしての原子力(核)のことをもっと総合的に、歴史的に、深く考え直さねばならないだろう。
青来氏の『人間のしわざ』という標題は、ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世の言葉から取られている。戦争(原爆)は人間の「しわざ」であり、神の「みわざ」ではない。こうした対句的な表現で、被爆地・広島で、そして長崎で教皇が説いたのは、永井隆が語ったような「原爆=神の摂理」説や、日米両国の数百万の人命を救ったという米国産の「原爆神話」に対する否認である。それは徹頭徹尾、人間のしでかした愚挙である。長崎にこだわり続ける作家が描いたのは、原爆だけではなく、戦争やテロ、原発震災という“その後”の日本(世界)の現代的な問題なのだ。
広島の原爆から辛うじて生き永らえた原民喜が、鉄路に身を横たえて自死したのは、被爆後6年目の春だった。原爆後の彼の全小説を読むことによって、“原爆後”の世界に、どうして人間が安閑として生きていられるのかを問うている。原民喜は、原爆=核と人間が共存するのが不可能であることを、生き延びた後の作品と、自分の身をもってして示したのである。
『原水爆漫画コレクション』は「曙光(しょこう)」「閃光(せんこう)」「焔光(えんこう)」「残光」と巻名を付けられた、原水爆をテーマとする漫画のコレクションだ。手塚治虫、赤塚不二夫、滝田ゆう、白土三平などの少年漫画、少女漫画、貸本漫画が、原水爆と「原爆後」の世界をどのように表象してきたのか。傷や恐怖やユーモアやグロテスクやギャグといった漫画作品の持つ特長をうまく活(い)かしながら、表現者たちが描いた原水爆。原爆文学だけに限らず、原水爆漫画もまた、「世界文化遺産」といわなければならないだろう。『はだしのゲン』(中沢啓治)のゲンや、『夕凪(なぎ)の街 桜の国』(こうの史代)の皆実(みなみ)たちは、決して“孤立”していたわけではないのだ。
−−「今週の本棚・この3冊:原爆 川村湊・選」、『毎日新聞』2015年08月09日(日)付。
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http://mainichi.jp/shimen/news/20150809ddm015070036000c.html