覚え書:「書評:冥途あり 長野 まゆみ 著」、『東京新聞』2015年08月16日(日)付。

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冥途あり 長野 まゆみ 著

2015年8月16日
 
◆日々の小さな手応え
[評者]佐藤洋二郎=作家
 本書には「冥途(めいど)あり」と「まるせい湯」の二作が収録されているが、前者は東京の三河島や千住あたりで暮らし、「文字書き職人」として、家族を養ってきた父親の姿を中心に描き、後者は霞ケ浦湖畔の風呂屋に親族が出かける話だが、いずれも市井の人々の生き方が、ゆったりとした筆遣いで立ち上がっている。その分、登場する人々も穏やかだ。
 就学が叶(かな)わなかった祖父、広島の被災地で生活していた父の秘密、あるいは時代の波にのまれて没落する親族、いかがわしい骨董(こっとう)品屋をやりながらも、妙に快活な双子の兄弟の生き方など、本書の登場人物は、みなわたしたちの身近にいるような人たちばかりだ。人生をうまくいかせよう、幸福になろうとしてわたしたちは生きるが、いったいに幸福な人生なんてあるのだろうか。それを手にしたとしても、多くの煩悩を持っているかぎり幻想ではないのか。だが、その幻想に向かって生きるのもまたわたしたちだ。
 平成になって二十七年が経(た)ち、昭和も遠くなった。多くの戦争犠牲者の上に今日の繁栄があるが、敗戦を境にわたしたちの生活も考え方も変わった。本書を読み終えて、貧しくても懸命に生き、日々の小さな手応えや些細(ささい)な満足感を得ることが、幸福になるこつではないかと思った。懐かしい香りのする作品で、少しずるくて陽気な双子の人物像は秀逸だった。
講談社・1620円)
 ながの・まゆみ 作家。著書『少年アリス』『デカルコマニア』など。
◆もう1冊
 長野まゆみ著『野川』(河出書房新社)。両親が離婚し、父と暮らすことになった少年の出会いと成長を描く物語。
    −−「書評:冥途あり 長野 まゆみ 著」、『東京新聞』2015年08月16日(日)付。

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