覚え書:「書評:ヴァイマル憲法とヒトラー 池田 浩士 著」、『東京新聞』2015年08月16日(日)付。

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ヴァイマル憲法ヒトラー 池田 浩士 著

2015年8月16日


違憲の立法を許した国民
[評者]古関彰一=獨協大名誉教授
 歴史を決定づける根底には「国民」がいる。「ヴァイマル憲法」と言えば、二十世紀が生んだ民主主義憲法を連想し、「ヒトラー」と言えば、蛮行の限りを尽くしたナチスの頭領と考える。ところが、この対極に流れた双方の底流では、その初期に「国民」の果たした役割が大きかった。
 本書は、その役割を詳細に分析すると同時にこの日本の現実を見据えて、それを下敷きに、我々の「いま」をあぶり出してくれる。著者は言う。ナチ党は一部の人間たちがドイツ国民を騙(だま)して第一党になったのではないのである、と。そればかりか、失業が急増し、ナチス軍事産業の振興を通じて失業を減らし、戦後になっても「あの頃はよかった」と述懐する国民がいるほどにまで社会を変化させたという。
 こうした国民意識の転換には、言葉の言い換えが必要であった。労働者の祭典であったメーデーを「国民的労働の日」と言い換え、強制や義務ではない「主体的かつ自由意思」による「自発的労働奉仕」という美しい言葉に言い換えた。
 いま私たちの目前でも、政府は、米国と共に世界の警察官を目指しているのに「積極的平和主義」という言葉を用い、「安保法制」を「平和安全法制」と言い換えている。こればかりかこうした著者の警鐘をよそに、私たちは武力攻撃事態対処法八条の「国民の協力」について、その重要性にもかかわらず、国会でもメディアでも議論もせずに事態を進めてしまっている。
 最後に著者は、「ヒトラーは、ヴァイマル憲法そのものを廃止したり変更したりすることなく、憲法に違反する法律を次つぎと作って、事実上この憲法を抹殺」したのだと断罪する。そしてその原因は、ドイツ国民が「自分の生を職業政治家に委ねてしまった」点にあったとして、日本国民に憲法一二条が定める「自由及び権利は、国民の不断の努力によつて」保持するものであることの重要性を説いている。
(岩波現代全書・2700円)
 いけだ・ひろし 1940年生まれ。ドイツ文学者。著書『虚構のナチズム』など。
◆もう1冊
 斉藤孝著『戦間期国際政治史』(岩波現代文庫)。第一次大戦終結から第二次大戦まで二十年間の国際対立と各国の動きを解説。
    −−「書評:ヴァイマル憲法ヒトラー 池田 浩士 著」、『東京新聞』2015年08月16日(日)付。

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