覚え書:「【書く人】10歳の少女が見た戦争『トンネルの森 1945』 作家 角野 栄子さん(80)」、『東京新聞』2015年08月16日(日)付。

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10歳の少女が見た戦争『トンネルの森 1945』 作家 角野 栄子さん(80)

2015年8月16日


 終戦の年、十歳だった。強く記憶に残っている当時の体験をベースに、自分の分身のような少女・イコが登場する物語を書いた。「移住して暮らしたブラジルのこと。母のこと。いろいろ書いてきたけれど、戦争のことはまだ書いていなかったので」
 イコは、東京の戦火を逃れるため、しっくりこない間柄の継母と幼い弟との三人で、東京近郊の小さな村に疎開する。食べ物も満足になく、田舎の学校にはなかなかなじめない。暗いトンネルのような森を一人で歩く通学路も怖い…。直接空襲には遭わなくても、戦争があらゆるところで子供にも理不尽な我慢を強いることがよく分かる。「戦争というと大人の解釈が入りがちだけれど、そういうことはせず、あくまでも十歳の女の子の目から見える世界だけを書きました。いろいろな読み方をして、善悪も自由に判断してもらいたいんです」
 <このご時世だから>。登場人物たちが戦争を語る言葉は、初めはどこか軽口めいている。だが戦況の変化とともに、深刻さが増す。「ガタッと一気に変わるなら、誰でも分かる。だけど現実は行きつ戻りつしながら、じわじわと生活が悪くなっていくんです。本当に大変なことになったと多くの人が気付いたのは、かなり末期のころだったと思いますよ」。戦争の一側面がリアルに伝わる。
 一九七〇年に最初の本を発表して以来、宮崎駿アニメの原作としても知られる『魔女の宅急便』など、ファンタジー作品を数多く書いてきた。戦争というシビアな現実を題材にした今作にも、少しだけファンタジーの味付けがある。鍵を握るのはイコの苦手な暗い森。「こういう暮らしの中で、何か心を通わせるものがあったらいいなと思ったんです。それは現実の人じゃなくてもいい」
 実は、角野さんの物語でイコが登場するのは初めてではない。二〇一一年に出した小説『ラストラン』の主人公もイコだった。こちらは七十代の女性だが、幼いころに母を亡くしている設定など、今作と共通する部分もある。「どちらも私。エイコのイコなのよ。小説だから現実に起きたこととは変わっていますけれどね。いつかイコさんの青春時代も書いてみたいですね。戦後のぱっと明るい思い出を」
 角川書店・一二九六円。 (中村陽子)
    −−「【書く人】10歳の少女が見た戦争『トンネルの森 1945』 作家 角野 栄子さん(80)」、『東京新聞』2015年08月16日(日)付。

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