覚え書:「今週の本棚・この3冊:O・ヘンリー 齊藤昇・選」、『毎日新聞』2015年09月06日(日)付。

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今週の本棚・この3冊:O・ヘンリー 齊藤昇・選
毎日新聞 2015年09月06日 東京朝刊

 <1>オー・ヘンリー傑作選(O・ヘンリー著、大津栄一郎訳/岩波文庫/713円)

 <2>1ドルの価値/賢者の贈り物 他21編(O・ヘンリー著、芹澤恵訳/光文社古典新訳文庫/778円)

 <3>賢者の贈りもの−О・ヘンリー傑作選1(O・ヘンリー著、小川高義訳/新潮文庫/497円)

 人の心の襞(ひだ)に染み入るような独特なペーソスと軽やかなユーモアに溢(あふ)れた筆致を特徴とする短編小説で一世を風靡(ふうび)した米国の作家О・ヘンリー(本名ウィリアム・シドニー・ポーター)は、読み応えのある多くの秀逸な作品を残し、広い読者層を魅了した。中でも圧倒的な人気を誇る作品と言えば、今年、発表一一〇周年を迎える短編小説「最後の一葉」であろう。

 主人公ジョンシーは、作者が<目に見えない冷酷な侵入者>と表現した肺炎に襲われて、病の床に伏してしまう。彼女のベッドから見えるのは、煉瓦(れんが)一面の隣家の壁で、中ほどまで古い蔦(つた)が這(は)い上がっている寂れた風景である。その蔦の蔓(つる)に残ったわずかな枯葉(かれは)の「最後の一枚」が散り落ちるとき、ジョンシーは自分も死ぬものと信じて疑わない。十一月の雨は冷たく、風も強く蔓にしがみついている枯葉を容赦なく吹き飛ばし、もはや残るのは一枚となった……。

 О・ヘンリーの思い入れの深さを推測させる小説「賢者の贈り物」に登場する若い夫婦デラとジムは、クリスマスが来るので相手に贈り物をしたいのだが、家計の余裕は全くない。互いに思案の末、デラはジムが大切にしている金時計に付ける鎖(フォブ・チェーン)を買うために自慢のブラウンの長い髪を髪結い屋に売り渡し、ジムはデラの美しい髪を飾るべっ甲の櫛(くし)を買うために祖父・父親譲りの金時計を質屋に入れてお金に換えたのである。二人はそれぞれの最も大切な宝を手放して、相手が使えない物を贈り合う結果となった。しかし、果たして彼らは「一番大事な宝物を最も賢明でない方法で、互いのために犠牲にした二人の愚かで幼稚な若者」であったのだろうか。

 最後に取り上げる「二十年後」も先の二篇と同様、ニューヨークのマンハッタンを舞台にした掌編小説。十八歳になったボブは、兄弟のように育った二十歳のジミーと別れ、一獲千金を求めて西部に向かう。二人は二十年後に、再び別れた場所で落ち合おうと約束を交わす。そして、場面は二十年を経て、冷たい小雨に煙る当日の午後十時頃を迎える。ところが、西部に向かったボブはお尋ね者として、ニューヨークに残ったジミーは彼を逮捕する警官として皮肉な再会を迎える羽目となる。このように、О・ヘンリーのいずれの物語の真価も、その温かい人間愛の再発見と、乾いた心に滋味豊かな潤いを与える卓越した文学力に求められるだろう。
    −−「今週の本棚・この3冊:O・ヘンリー 齊藤昇・選」、『毎日新聞』2015年09月06日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20150906ddm015070045000c.html








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