覚え書:「今週の本棚・この3冊:正岡子規 正岡明・選」、『毎日新聞』2015年10月04日(日)付。

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今週の本棚・この3冊:正岡子規 正岡明・選
毎日新聞 2015年10月04日 東京朝刊

 <1>病者の文学−正岡子規(黒沢勉著/信山社/品切れ)

 <2>仰臥漫録(正岡子規著/岩波文庫/540円)

 <3>ひとびとの跫音 上、下(司馬遼太郎著/中公文庫/720円、596円)

 正岡子規は35年足らずの生涯に、文芸の様々な方面で活動し、その上、野球に熱中したり、何度も旅に出たりし、多くの人と交わって彼等に影響を与えた。しかし、子規の特異な点は、その大半が病気を抱えながら行ったことである。それも、22歳で当時不治の病とされた結核にかかり、最後の数年は激痛に苛(さいな)まれ、死と隣り合わせであった。そんな過酷な状況で、何故あれほど明るく活発に生きられたのか。この疑問を解くには、黒沢勉著『病者の文学−正岡子規』が最適の名著である。

 著者は元岩手医科大学の教授で、病気が子規の作品と生き方にどのように影響したかを、主に子規の三大随筆『墨汁一滴』『仰臥(ぎょうが)漫録』『病牀六尺』を中心に詳細に読み解き、子規の死生観と生き様を深く掘り下げている。その底流には子規への敬愛の念が息づいている。

 『仰臥漫録』は公開するつもりのなかった私的日記と言われ、赤裸々に子規の死生観が綴(つづ)られており、痛苦の余り自殺まで考えるが、思い留(とど)まって生き抜こうとする件(くだり)は真に迫る。

 『ひとびとの跫音(あしおと)』は筆者の父・正岡忠三郎(子規の妹・律の養子)と仙台二高の友人でマルキシストの詩人・西澤タカジ(筆名ぬやまひろし)を軸に、子規の周辺と現代の市井の人々を描いた司馬さんの異色の作品である。筆者の母・正岡あやが司馬さんの『街道をゆく』の取材に同行した際、同時に母にも取材し、この作品の大半は母の話がベースになっている。

 英雄列伝ではなく資料も少ないので、司馬さんは苦労され、書き上げた後、かなり消耗したと母に漏らされたらしい。子規の明るさとリアリズムが好きだった司馬さんにとって、この作品は『坂の上の雲』の「その後」と言えるかもしれない。タカジは父の友人の中で筆者が最も尊敬する人物で、当時70歳前後だったのに20代ぐらいの瑞々(みずみず)しい精神の持ち主。筆者が大手の機械メーカーから植木職人に転職したのも労働の尊さを説いたタカジの影響があった。

 彼は生前、共産党の地下運動で逮捕され、11年間獄中にあったが、病床に閉じ込められた子規の姿に我が身を重ね、『仰臥漫録』に見る子規の生き様が大きな支えとなり、拷問による思想転向も許さず、耐え抜いた。晩年、タカジは父への友情から『子規全集』の刊行に奔走したが、完成を見ずに父の死の1週間後に後を追うように亡くなった。
    −−「今週の本棚・この3冊:正岡子規 正岡明・選」、『毎日新聞』2015年10月04日(日)付。

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