覚え書:「今週の本棚:松原隆一郎・評 『経済と自由−文明の転換』=カール・ポランニー著」、『毎日新聞』2015年10月04日(日)付。

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今週の本棚:松原隆一郎・評 『経済と自由−文明の転換』=カール・ポランニー著
毎日新聞 2015年10月04日 東京朝刊

 (ちくま学芸文庫・1728円)

 ◇消費と生産の協同組合主義に希望

 今世紀に入り、経済政策といえば構造改革に始まり建築物の高さ制限緩和に至るまで、規制を緩める新自由主義が跋扈(ばっこ)している。しかし透明度を増した国内市場がグローバル経済と結びつき、金融危機は頻発、格差が広がる一方ではないか。

 似た光景は100年ほど前の西欧にも見られ、K・ポランニーは規制で守られていた人間と自然を市場が「悪魔の挽(ひ)き臼」のごとくすり潰していると評した。そう述べた『大転換』は1944年に出版され、生前唯一の出版物となった。

 繰り返す恐慌を前にして産業界は市場の自由放任を求め、そこに第一次大戦が勃発する。財界と結託したファシズムと労働階級解放の理想を掲げたロシア革命共産主義が対峙(たいじ)し、第二次大戦の泥沼に突入していった。ポランニーの診断は今日に示唆するものが多く、2012年のダボス会議でも言及されている。

 工場法や労働組合、農産物課税や土地立法は人間や自然(土地)を保護するものだったし、建築物の高さ制限にしても、空を見上げる人間と自然の調和を実現するものだ。それらは市場を純粋化しさえすればよしとする経済決定論への盲目的信仰により、撤廃ないし緩和されてゆく。そうした信仰は、1815年のウィーン会議から列強が勢力均衡を保った「平和の百年」に育まれたとポランニーは見る。

 私利追求の自由放任市場こそが人間社会の理想型とみなす経済決定論を排するポランニーは、利益によらない社会の構成原理を贈与の応酬からなる古代経済に見いだした。その成果は死後に経済人類学の論文集『人間の経済』として出版されたが、膨大な講演記録や草稿が未刊のまま残された。それを所蔵する研究所がポランニーの名を冠してカナダのコンコーディア大に設立され、本書はその成果として編まれた。

 本書は未発表の論文20編に長女による序文と二人の編者、一人の訳者による解説を加えたものである。本来は浩瀚(こうかん)な全集があって不思議ではないポランニーの多面的な思索の全容を窺(うかが)わせる内容ながら、講演が多いせいか論旨は明快だ。

 今回、評者が知った新たな論点を書き出す。資本家が得ている利潤につきポランニーは、マルクスが言うようには自由な契約のもとで労働者を搾取して得られるものではなく、土地の独占的支配によると言う。そこで土地所有を農耕に携わりたい人に解放し、自発的な農業協同組合に希望を託すとする。

 また労働者・消費者・市民も協同組合を組織し、それぞれが選挙で代表を選び、代表間の交渉でそれぞれの利益を確保すべきだとする。国家による共産主義でも個人の自由放任でもない、消費と生産の協同組合主義である。交渉のモデルはイギリスの代議制に求められ、議長(chairman)が審議においてあらゆる見解を明らかにさせるような配慮のもとで合意を得ることが重要と言う。市場への規制を説くポランニーへのありがちな批判は「既成勢力の擁護」というものだが、ポランニー自身が団体間交渉によって規制を改革するという代案を示していたわけだ。

 ポランニーの理想は自由放任論でも国家主義の平等主義でもなくイギリス型の政治にもとづく自由市場にあったということだが、そうすると多様な団体の共存を求めたケインズや慣習法の制約下での自由を説いたハイエクとは存外近い位置にいたことになる。ハイエクをライバル視した彼だけに、興味深い。(福田邦夫、池田昭光、東風谷太一、佐久間寛訳)
    −−「今週の本棚:松原隆一郎・評 『経済と自由−文明の転換』=カール・ポランニー著」、『毎日新聞』2015年2015年10月04日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20151004ddm015070040000c.html








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