覚え書:「今週の本棚:伊東光晴・評 『「人間国家」への改革 参加保障型の福祉社会をつくる』=神野直彦・著」、『毎日新聞』2015年10月11日(日)付。

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今週の本棚:伊東光晴・評 『「人間国家」への改革 参加保障型の福祉社会をつくる』=神野直彦・著
毎日新聞 2015年10月11日 東京朝刊


 (NHKブックス・1404円)

 ◇時代は歴史の峠、「大きな社会」へ

 著者は引用して書く。「古き時代が腐臭を放ちながら力尽き、新しき時代が痛みをともないながら生まれていく歴史の『峠』では、財政が必ず危機に陥る」と。『租税国家の危機』を書いたシュンペーターの言葉であるが、それは同時に、この本の基本的視角である。

 歴史の峠は、時代により、国により異なる。高度の工業化社会−−ガルブレイスのいう『新しい産業社会』からITの発達などによる知識社会への転換も、そのひとつである。イギリスについていえば、福祉国家が追いつめられ、追いつめた新自由主義の政策も行きづまりだした峠でもある。

 知識社会の登場と福祉国家の危機−−これに対処して、社会的インフラストラクチュアとセーフティネットを張り替えねばならない。具体的にはどうするのか。著者はスウェーデンを例にひく。

 失業した人にまず失業保険を与え、職が見つからないときには、知識社会に適合できるように再教育のプログラムに移行する。その間、生活は保障され職業訓練手当が支給され、試験雇用する企業には、七五%の給与補助が出される。自立するための福祉政策である。

 不況というと、公共投資という、土建屋国家の時代は終わり、人への投資の時代であると。それは、自立のための現物給付に重点を置くことによって、生活保障だけの従来の福祉国家におこりがちな不正受給と、それへの批判をたち切ろうというのである。

 私は、時代が「峠」にあるという考えに賛成である。松下圭一と私は、それを「生存権思想から生活権思想へ」と書いた。生存権思想は、ワイマール憲法によって登場したもので、市場経済はそのままで、再分配への政策を中心とするもので、生活権思想は、市場への政策介入によって、万一の場合、生活しやすい社会をつくろうというものである。この考えは、著者の考えと、基本的には同じである。

 財政学者としての著者の本領は「財政を有効に機能させる」という点にあらわれる。

 注意すべきは、西欧諸国の多くが、付加価値税によって、所得税を補完し、基幹税の拡大をはかったのに対し、日本の九○年代の財政改革は、所得税法人税プラス個人所得税)の税率引き下げで、その解体を進め、消費税をつけ加えたものであると。加藤寛税制である。以後、日本の財政は破綻を続けていく。

 著者は西欧での調査から、付加価値税が高くても、それによって普遍的に政府の福祉サービスが行われれば、人々の幸福度は高いことを知る。福祉サービスは、すべての人に一様に、である。

 この考えから、著者は大きな政府を志向する。大きな政府、大きな福祉である。興味深いのは、小さな政府を志向するならば、累進課税でなければならず、大きな政府を志向するならば、累進課税にたよらずともよいという主張である。

 大きな政府、大きな福祉−−それを補完する著者の考えは「大きな社会」である。恐らく、東日本の災害にさいして、多くの人がボランティアとして東北に行った。大企業も、社員に行くことをすすめた。この助け合いの社会を大きくする。

 この三つが著者のいう「人間国家」である。

 日本を代表する進歩的財政学者である著者が付加価値税を基幹税として重視していることに注目したい。日本の革新政党はいずれも社会変化の「峠」を理解できないでいるのではないか。
    −−「今週の本棚:伊東光晴・評 『「人間国家」への改革 参加保障型の福祉社会をつくる』=神野直彦・著」、『毎日新聞』2015年10月11日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20151011ddm015070045000c.html








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