覚え書:「今週の本棚・この3冊:「優霊」物語 東雅夫・選」、『毎日新聞』2015年10月11日(日)付。

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今週の本棚・この3冊:「優霊」物語 東雅夫・選
毎日新聞 2015年10月11日 東京朝刊

 <1>鉄道員(ぽっぽや)(浅田次郎著/集英社文庫/518円)

 <2>明治日本の面影(小泉八雲著、平川祐弘編/講談社学術文庫/1566円)

 <3>恐怖の愉しみ 下(デ・ラ・メア他著、平井呈一編訳/創元推理文庫/品切れ)

 今年の夏は空前のおばけブーム。各地で幽霊や妖怪がテーマの展覧会やイベントが開催され盛況だった。幽霊といっても、怖(おそ)ろしいばかりが能ではない。生者を恨んだり祟(たた)ったりするために化けて出る怨霊(おんりょう)の類(たぐい)とは別に、恋人や肉親への愛ゆえに冥界から帰還したり、理不尽な死を自覚できぬまま、この世に留(とど)まりつづける哀切な亡者たちの物語も、少なくないのだ。

 英語圏ではそれらをジェントル・ゴースト・ストーリー、すなわち心優しい幽霊の物語と呼ぶ。とはいえ、長たらしいカタカナ表記では収まりがよくないので、幽霊ならぬ「優霊」という造語を自分で考案して、かねてから愛用している次第。なにとぞ御諒解(りょうかい)を賜りたく。

 さて、日本で最も人口に膾炙(かいしゃ)した優霊物語といえば、<1>の表題作「鉄道員」。高倉健広末涼子が主演した映画版で御記憶の向きも多いだろう。廃止目前のローカル線を黙々と護(まも)りつづける老駅長の孤影、謎めいた娘との交流……困ったことにこの作品、どこでどんな幽霊が出るのかを明かしてしまうと、初めて読む方の感興をそぐ恐れがある。「健さん」亡き今あらためて読むと、いっそう沁(し)みる、とだけ。同じく<1>所収の「うらぼんえ」も、唖然(あぜん)とするほど真っ向から、江戸前で一徹な優霊が孫娘を思いやる心意気を描いた佳品である。迎え火や花火大会、精霊流しといったお盆の風物が、精彩ある筆致で点描されているのも、実に魅力的だった。

 思えば<1>以外にも、近くは山田太一異人たちとの夏』や朱川湊人(しゅかわみなと)『花まんま』、遠くは上田秋成「浅茅(あさじ)が宿」や泉鏡花「縷紅新草(るこうしんそう)」等々日本の怪談文芸には、一読忘れがたい優霊物語の名品が数多い。小泉八雲ことラフカディオ・ハーンが来日直後に書いた紀行文集である<2>に所収の「日本海の浜辺で」を読めば、年に一度、死者たちを迎えて饗応(きょうおう)するお盆の風習が、優霊物語を生み出す原風景となっていることが得心されよう。凍え死にした幼い兄弟の「兄(あに)さん、寒かろう?」「お前、寒かろう?」という悲痛な囁(ささや)きが哀れ深い「鳥取の布団」も、実は同篇の一挿話であり、原典全体の流れに即して読めば、その妙味がいっそう感得できるはずだ。

 海外における優霊物語の好例として、<3>に所収のアーサー・キラ=クーチ「一対の手」を。夭折(ようせつ)した少女の霊が、夜ごと深夜の台所でせっせと家事をこなすいたいけな姿は、幾度読んでも落涙を禁じえない。我が鍾愛(しょうあい)の一篇である。
    −−「今週の本棚・この3冊:「優霊」物語 東雅夫・選」、『毎日新聞』2015年10月11日(日)付。

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