覚え書:「今週の本棚・本と人:『虚ろまんてぃっく』 著者・吉村萬壱さん」、『毎日新聞』2015年11月01日(日)付。

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今週の本棚・本と人:『虚ろまんてぃっく』 著者・吉村萬壱さん
毎日新聞 2015年11月01日 東京朝刊
 
 ◇『虚(うつ)ろまんてぃっく』

 (文藝春秋・1836円)

 ◇安易な救い、着地を拒否 吉村萬壱(よしむら・まんいち)さん

 まず質問。人間に憎悪を抱いていますか? 「あると思いますね」。そうとしか思えない短編小説集である。表題作は、沈黙を愛する<伊呂波埠頭(いろはふとう)>という場が人間を見つめる。全裸で放尿する痩せ男、箱型バンで乗りつけた男と嘔吐(おうと)する女。ホームレスの老人。末尾には、実際に人間たちが口にした言葉の数々を列挙した。「くだらない、言い訳じみた言葉を人間はしゃべっているんだと示す実験です」。全10編に共通するテーマだ。

 純文学が言葉や倫理の喪失を描くとしても、その回復の道のりこそ小説になりそうなものだが、本書は逆に言葉なんていらないと言い切る勢いだ。「僕も回復や再生を書きたいんです。でも、例えば3・11の津波で流された人やその身内の方、あるいはアウシュビッツガス室に向かっている人に、僕は希望を書いた小説を手渡せない」。だから絶望を書き、安易な救いや着地を拒否する。巻頭の「行列」は、私たちの人生の“アクセサリー”をすべて取っ払い、死ぬことでしか抜け出せない生存競争をむき出しにしてみせた。

 「ただし、絶望の中にちょっと光る美しさやおかしみはあると思うんです。不謹慎だから記録には残らないでしょうが……」。ばかばかしい笑いの奥に真実を感じるのは「大穴(ダイアナ)」。親に無心を繰り返す59歳の男が大柄な女に恋をする。木造賃貸住宅に連れ込んで同衾(どうきん)を目指す様を、雌の飼いウサギ「うーちゃん」がさげすみの目で見る。女と連れ立って外を歩くと、出くわした母は<もう無心はならんぞ!>と叫ぶ。人間とは、他人(ひと)様に言えない言動をひたすら続ける奇妙な生き物なのだろう。「家族ゼリー」はグロテスク極まる一作。書いた時は「あ、オレも行くとこまで行ったなと思いましたね(笑い)」。家族の概念が無残に溶解していく。

 2003年に芥川賞受賞後、やや低迷がうわさされた時期もあったが、昨年刊行の『ボラード病』で強烈な存在感を見せた。まん延する排外かつ好戦の空気に、小説世界で立ち向かう。「平和と安全を守るためと言い訳して戦争を始める、そこを引っぺがしたい。原発と一緒で、戦争はいったん暴走すれば止められない。僕はウソだけは書きません」。作家の誓いである。<文と写真・鶴谷真>
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