覚え書:「今週の本棚:井波律子・評 『アメリカは食べる。−アメリカ食文化の謎をめぐる旅』=東理夫・著」、『毎日新聞』2015年11月01日(日)付。

Resize4642

        • -

今週の本棚:井波律子・評 『アメリカは食べる。−アメリカ食文化の謎をめぐる旅』=東理夫・著
毎日新聞 2015年11月01日 東京朝刊
 
 ◆東理夫(ひがし・みちお)著

 (作品社・4104円)

 ◇融合と混淆の変遷浮き彫り

 本書は、移民の国アメリカの複雑に絡み合った姿を「食」の面から、多角的に探求したもの。著者はアメリカ文化に精通した作家、翻訳家であると同時に、アメリカンミュージックの一つ、ブルーグラスの奏者でもあり、そんな著者ならではの「アメリカ、食の万華鏡」ともいうべき、七百頁(ページ)を超える巨編である。なお、本書は、「アメリカ料理とは何なのか」と「画一性という食の魅力」の二部から成る。第一部では、まずアメリカの食の歴史から語りおこし、一六二〇年、メイフラワー号でイギリスから新大陸に渡った人々に焦点が当てられる。食糧不足に苦しんだ彼らは先住民の助言により、トウモロコシなど現地の食糧の栽培や調理法を学び、アレンジして、新しい料理を生みだしてゆく。こうして融合、混淆(こんこう)、混合を特質とするアメリカ食が誕生したという著者の指摘は、まことに秀逸である。

 イギリスにつづき、スペイン、フランス、黒人、ドイツ、アイルランド、イタリア、東欧系、アジア系等々、あいついでアメリカ大陸に渡り、全土に移住した移民の間で、それぞれの食文化がどのような変遷をたどったかが、探求される。著者は車を走らせ町から町へと、広いアメリカ大陸を「食の巡礼」のように移動しながら、多様な料理を味わう。本書が圧倒的にすぐれているのは、みずから移動しつつ、移民料理を実地に味わい、いわば移民の軌跡を追体験しているところにあると思われる。

 移民料理は故郷の料理の記憶をベースにしながら、食材も調理方法も移り住んだ土地に適応し、融合と混淆を重ねて変化した。このためもあって、名前を聞いただけで、何なのかさっぱりわからない料理も多い。たとえば、カナダ東部のアケイディアから米ルイジアナ州に移住した「ケイジャン」と呼ばれるフランス系移民があり、その中心都市のニューオルリーンズは、ケイジャン料理のメッカである。その料理の一つに「ガンボー」と呼ばれるものがあり、どうやら一種のシチューのようなものらしい。

 ちなみに、ニューオルリーンズはいわゆるケイジャンミュージックの中心地であり、その代表としてあげられるのは、ドクター・ジョンである。彼に「ガンボー」というアルバムがあり、このガンボーの意味がずっとわからなかったが、本書を読んではじめて疑問が氷解した。本書には、さまざまな曲の歌詞も引用されており、アメリカの音楽には料理が歌い込まれていることが多いと感心するとともに、目からウロコの発見も多々あり、実に面白い。また、第三代大統領のトマス・ジェファーソンは稀代(きたい)の博学で、それまで毒と思われていたトマトを食べて安全性を保証した人物だというような、面白い話も随所に見られる。

 第二部では、スーパーマーケット、冷凍食品、ファストフード等々が誕生した過程がたどられ、アメリカの食の変遷の一つの帰結が浮き彫りにされ、これまた説得力あふれる。

 著者の両親は日系カナダ人二世であり、著者は母の作る多様な移民料理を食べて育ったという。「アメリカを旅することは自分の内を旅することなのだ」(「あとがきにかえて」)とあるが、この母の料理こそ、著者にとってアメリカ食そのものだったのではなかろうか。本書は、こうした個人的体験を踏まえながら、みずから移動して各地の風土と向き合い、味覚をフルに用いて、食の面からアメリカの真髄に肉薄した快作である。
    −−「今週の本棚:井波律子・評 『アメリカは食べる。−アメリカ食文化の謎をめぐる旅』=東理夫・著」、『毎日新聞』2015年11月01日(日)付。

        • -





http://mainichi.jp/shimen/news/20151101ddm015070020000c.html


Resize4403



アメリカは食べる。――アメリカ食文化の謎をめぐる旅
東 理夫
作品社
売り上げランキング: 25,133