覚え書:「書評:日本精神史(上)(下) 長谷川宏 著」、『東京新聞』2015年11月1日(日)付。

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日本精神史(上)(下) 長谷川宏 著

2015年11月1日

◆頂点の作品と流れを把握
[評者]鷲田小彌太=思想史家
 「日本精神史」、抱負多き主題である。上下で千ページ、大作かつ書き下ろしだ。よく知られる和辻哲郎『日本精神史研究』が、正続とも論文集であるのと好対照だ。確かに両著とも、美術・芸能・文学・思想を主軸に日本人の「精神の流れ」を扱う。長谷川の特長は何か。三内丸山遺跡(二足歩行の共同体意識)から鶴屋南北東海道四谷怪談』(江戸末期大衆の分裂意識)まで、日本列島一万年を超える各時代の「精神」の最頂点を示す作品や人物を掬(すく)いとり、それぞれを対象に即して存分に論じきり、間断のない一大長流に仕立て上げてみせたことだろう。
 本書では何より、美術、とりわけ鎌倉までは彫刻、それ以降は絵画の叙述がめざましい。彫刻では「阿修羅像」(興福寺)や運慶「大日如来像」(円成寺)の解読(解説)が見事だ。遠近、前後、上下、左右、著者の眼は滑るように対象を自在に解析してゆく。デジタル技術の援助なしには不可能に思える分析ぶりだ。対して『源氏物語』や本居宣長などの文学作品解読は、一通りを超えていないように思える。『源氏』を宣長の目線で追うだけにすぎないようなのだ。『源氏』が「時代小説」(稗史(はいし))でもある、という視点が欠落しているからだろう。
 「俗」の精神にも十分に目配りをしている。「阿修羅像」の解読を読みながら、夏目雅子像のモデルかなと感じ、長谷川等伯「松林図屏風(しょうりんずびょうぶ)」が美術番組の映像描写とつながる美意識に違いない、と思えた。この印象は本書を貶(おとし)めるものではないだろう。著者の意識は、モダーン(ミーハー)なのだ。和辻と違うところで、アカデミズムに足を掬われずに、ひたすらヘーゲルの主著をだれもが読める訳語で提供し、七十五歳、本書で屹立(きつりつ)した著者の難業(レーバー)の賜物(たまもの)だ。専門用語は使われていない。日本語に通じた人なら、だれでも読める本だ。とりわけ全国に散在する美術館の学芸員にとって福音となるに違いない。読むべし。
 (講談社・各3024円)
 <はせがわ・ひろし> 1940年生まれ。哲学者。著書『新しいヘーゲル』など。
◆もう1冊
 藤田省三著『精神史的考察』(平凡社ライブラリー)。歴史的な精神の展開を、敗北の経験や想像力で考察する精神史の方法序説
    −−「書評:日本精神史(上)(下) 長谷川宏 著」、『東京新聞』2015年11月1日(日)付。

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