覚え書:「Topics:哲学研究者・長谷川宏さんに聞く 作品、文献から時代読み 話題の著書『日本精神史』」、『毎日新聞』2015年11月17日(火)付夕刊。

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Topics:哲学研究者・長谷川宏さんに聞く 作品、文献から時代読み 話題の著書『日本精神史』
毎日新聞 2015年11月17日 東京夕刊

 ヘーゲルの翻訳などで知られる在野の哲学研究者、長谷川宏さんの大著『日本精神史』(講談社)が話題だ。上下巻計1000ページ以上ある。日本列島に生きた「各時代の『時代精神』を、具体的な作品、文献から描いた」と長谷川さん。扱ったのは、縄文時代三内丸山遺跡から江戸時代の『東海道四谷怪談』までの遺跡や美術、文学、思想書……。長谷川さんに執筆の動機などを聞いた。

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 1940年生まれ。東大闘争に参加後、学習塾を開きながら哲学を研究してきた。岩波文庫に長谷川さん訳のヘーゲルがあるなど、高く評価されている。

 専門分野と大きく違うはずの本書だが、実は「20年間以上、関西に毎年1週間は滞在して、仏像や絵画に親しんできました」。通史を書いたのは、「ヘーゲルにあおられた(笑い)。世界史を一つの視野に収めたヘーゲルと同じことはできずとも、人々が歴史を貫いて目の前に現れるように語るのは、とても魅力的ですから」。

 精神を<人間が自然とともに生き、社会のなかに生きていく、その生きる力と生きるすがた>と定義した。その精神を、各章多くて五つほどの作品や人物を批評して浮き彫りにしてゆく。

 建築や仏像の話は、ともすれば、作らせた権力者だけの物語に陥ることもある。「権力の支配が精神的に豊かだと思わない」が、作品の美しさは認めざるを得ない。「作品に、作り手の普通の人が権力に反発したことや、救済や幸せを願った力を読み解こうとした」。鑑真和上像の<作り手にとって、像を作ることそのことが、精神とはなにか、永遠とはなにかを考えることにほかならなかった>といった具合に。

 知識人が庶民をどう見たかも重視した。12−13世紀の僧、慈円は、自らの<階級意識を批判的に対象化>できず、武士の台頭や農村の地殻変動を正当に理解できなかった。他方、南北朝時代北畠親房は、承久の乱で朝廷方が鎌倉幕府に敗れた理由を、幕府の善政への民衆の支持とした。北畠は、朝廷方である自らの立場と別に、庶民に<安定をもたらすのが本来の政治>だと考えることができた。

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 題から「史」を抜けば「日本精神」だが、「もちろん、ナショナリスティックな日本は好きではない」。本書の日本とは、「身近な場」程度の意味という。「僕は昔から西洋かぶれでしたが、日本の文物に触れると、周りの人が生きて、抑圧も受けつつ安心も感じてきた世界が広がる。その親しさを普遍的な価値と交錯させたかった」

 本書の通奏低音に、たとえば西洋近代的な「共同体と個人」がある。「個」の思想や心性が明らかな鎌倉仏教や近世の俳句はもちろん、『万葉集』にさえ、近代人と通じる個の意識を見いだす。東大闘争などの「68年」は、ポスト近代の起点と語られがちだ。渦中にいた長谷川さんは、むしろ、近代を考え抜いた末で過去に共感した。「近代日本についても、いつか書きたい。自らの生きた体験をうまく処理しないと客観視が難しいにしても」【鈴木英生】
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http://mainichi.jp/shimen/news/20151117dde018040020000c.html





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