覚え書:「今週の本棚・この3冊 三島由紀夫 村松英子・選」、『毎日新聞』2015年11月22日(日)付。

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今週の本棚・この3冊
三島由紀夫 村松英子・選

毎日新聞2015年11月22日 東京朝刊
 
 <1>サド侯爵夫人/朱雀家の滅亡(三島由紀夫著/河出文庫/778円)

 <2>仮面の告白三島由紀夫著/新潮文庫/529円)

 <3>決定版 三島由紀夫全集 第15巻(「酸模」所収/新潮社/6264円)

 三島由紀夫先生は私の演劇上の恩師なので、“先生”と呼ばせて頂きます。「僕はいままで役者を育てたことはないけれど、英子を、僕の戯曲を通して育てたい」と仰(おっしゃ)り、亡くなるまでの六年間。代表的なヒロインはすべて演じたことになります。そこから選ぶとまずは『サド侯爵夫人』。執筆前から「今度、英子にぴったりの芝居を書く。でもいまは若すぎて損をするから、妹役から始めよう。大先輩のアミ丹阿弥谷津子(たんあみやつこ))さんの演技を見ておきなさい。数年後には英子に演(や)って貰(もら)う」と言われた戯曲です。四年後に、侯爵夫人を私が演じて、成功した時の先生の喜びようは、いまも記憶に鮮やかです。

 それまでの四年間に、V・ユゴーの浪漫劇や『鹿鳴館』、やはり私をイメージして書いたと仰る『朱雀家(すざくけ)の滅亡』を主演。育てられながら、先生の『サド侯爵夫人』への力の入れようがわかりました。御自身も「『サド侯爵夫人』と『わが友ヒットラー』が、洗練の意味でも一番完成度が高い」と仰っていました。

 三島先生は戯曲を「最後の一行を書いた後に初めから書く」と仰り、その最後の一行がどんでん返しになる。『サド侯爵夫人』では牢獄(ろうごく)に入った夫を待ち続けた夫人が、革命で夫が解放されると「二度とお目にかからない」と拒絶します。『朱雀家の滅亡』では、何も行動しないために息子も家人も死なせた当主に「いますぐ滅びておしまいなさい」と幕切れに息子の婚約者が詰め寄る。「どうして私が滅びることができる。夙(と)うのむかしに滅んでゐる私が」という当主の応えが最後の一行です。先生が壮絶な死を遂げる二日前まで上演したのが「薔薇(ばら)と海賊」。すべてを犠牲にして自らの夢に殉じたヒロインの、幕切れのせりふが「私は決して夢なんぞ見たことはありません」でした。このせりふを最後に、先生はあの死を遂げたのです。

 戯曲のように最後の一行に託してはいないけれど、アイロニイに満ちた小説『仮面の告白』。この傑作中で一番好きな情景は、幼年時の先生が奇術師天勝(てんかつ)を見た後、母上の衣装で装って、「天勝よ。僕、天勝よ」と言いながら駆け廻(まわ)って、大人達の顰蹙(ひんしゅく)を買うくだりです。何と可愛く、いとしいことか。やはり、いとしさと感動を覚えるのが、全集に収められている処女作の一つ「酸模(すかんぽ)」です。この美しい小説が十三歳の時の作とは! その繊細な感性と現実への冷徹な眼には、確かに後の作品への原点を感じるのです。
    −−「今週の本棚・この3冊 三島由紀夫 村松英子・選」、『毎日新聞』2015年11月22日(日)付。

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http://mainichi.jp/articles/20151122/ddm/015/070/024000c








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