覚え書:「書評:戦争の谺 軍国・皇国・神国のゆくえ 川村湊 著」、『東京新聞』2015年11月22日(日)付。

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戦争の谺 軍国・皇国・神国のゆくえ 川村湊 著

2015年11月22日
 
◆運命と諦めて責任問わず
[評者]池田浩士=ドイツ文学者
 著者は、文芸批評家としても、また旧植民地や戦時下における日本文学の研究者としても、すぐれた仕事を続けてきた。本書は、その著者ならではの魅力的な視点と深刻な問題提起とに満ちた一冊である。
 私たちは戦後を間違って生きてしまったのではないか? これが、本書を貫いて流れる基本的なテーマだ。まず、広島と長崎への原爆投下の犯罪性を問うことなく、それを一種の運命として受け入れた。あるいは、それはせいぜい、繰り返してはならない「あやまち」でしかなかった。これによって、原爆投下を招いたそもそもの根本原因である天皇の戦争責任は、まったく問われぬままになった。
 悲惨な戦争体験は戦後に生かされることがなかった。かつて戦争を自然災害の如(ごと)くやり過ごしたように、戦後の数多い危機的な出来事をも、さながら人為的な仕業ではなく降りかかる災難として、私たちは甘受しつづけている。沖縄も、原発事故も、そして非戦を誓った憲法に対する破壊攻撃も。もちろん、アジア諸地域に対する戦争責任を、真剣に考えることもなかった。
 著者は、戦後に書かれた文学作品のうちから、戦争体験と戦後生活を描いて反響を呼んだものを取り上げ、作品に描かれた場面と社会の現実とを突き合わせて、論を展開する。そこから浮かび上がってくるのは、「大東亜戦争」と呼ばれた戦争が、私たちの「戦後」の中でくりかえし「谺(こだま)」として反響しつづけながら、しかしその谺から、決定的に重要なものは消えてしまっている、という真実にほかならない。
 本書はほぼ二十年にわたって発表された諸論文を軸にして成っている。二十年以上にわたる著者の問題意識が、目下の現実との切実な接点を持つに至ったのは、不幸なことかもしれない。しかし、いまこそ、もはやこの現実を自然災害のように座視しているわけには行かないという思いを、本書は読者の胸に沈殿(ちんでん)させずにはいないだろう。
白水社・3024円)
<かわむら・みなと> 1951年生まれ。文芸評論家。著書『補陀落』など。
◆もう1冊 
 野呂邦暢著『失われた兵士たち』(文春学芸ライブラリー)。戦争体験を書いた無名兵士たちの戦記を紹介し、戦争の実相を読む。
    −−「書評:戦争の谺 軍国・皇国・神国のゆくえ 川村湊 著」、『東京新聞』2015年11月22日(日)付。

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川村 湊
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