覚え書:「書評:動物翻訳家 片野ゆか 著」、『東京新聞』2015年11月29日(日)付。

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動物翻訳家 片野ゆか 著 

2015年11月29日
 
[評者]小林照幸=ノンフィクション作家
◆気持ちをくみ取る飼育員
 動物が生き生きと動き回る行動展示の導入で来園者数をV字回復させた北海道旭川市旭山動物園はじめ現在、各地の動物園は環境エンリッチメントの実践を軸に置く。動物が元気に過ごせる環境を整え、精神面も含めた健康を充実(エンリッチ)させる意だ。飼育員が動物の表情、行動、気持ちを日々どれだけ読み取れるか。その姿がタイトルとなった。
 舞台は、緑富む自然下に近い環境を整え、ペンギンを目前で観察できる埼玉県こども動物自然公園、樹上生活するチンパンジーの特徴を重視し、三つの矢倉を建て木やロープでつなぎ「チンパンジーの森」を実現した日立市かみね動物園茨城県)、広げた翼は二・五メートルのアフリカハゲコウが園内の空を飛ぶ秋吉台自然動物公園サファリランド(山口県)、そして百年余の歴史を持つ京都市動物園のキリンである。
 飼育員は動物の生い立ちも踏まえ、新環境に適応させてゆく。アフリカハゲコウはアフリカで捕獲後に秋吉台に来たが、ペンギンは長野県内の水族館閉鎖に伴う二十三羽まとめての引き取り、チンパンジーはウイルス感染の実験動物として輸入され、キリンは動物園で生まれ育った動物園動物だった。
 飼育下で嫌なこと、恐(こわ)いことは記憶され、その後の動物の行動や生命も左右する。飼育員はそれらを回避し、嬉(うれ)しいこと、喜ぶことを見出してゆく。
 食の安全が求められるのは動物園の餌も同じ。完全無農薬で作られ、鎌で収穫された新鮮な葉付きの枝にキリンが喜ぶ記述は読者も嬉しくなる。首、背中などに痒(かゆ)みを覚えるキリンに飼育員が釣り竿(ざお)で掻(か)いてきた経験から、キリン自ら体を掻ける特製「孫の手」の鉄棒が考案され、柵に設置もされた。
 それぞれに「痒い所へ手が届く」の積み重ねを経ての新たな命の誕生も感動的だ。飼育員にもなつく動物たちだが、動物同士のコミュニティこそ第一。けして甘やかさず、適度な距離間と距離感を保つ冷静さも読み所である。
集英社・1620円)
<かたの・ゆか> ノンフィクション作家。著書『旅はワン連れ』など。
◆もう1冊 
 溝井裕一著『動物園の文化史』(勉誠出版)。古代メソポタミアから現代までの動物園の歴史をたどり、ひとと動物の関係を考察する。
    −−「書評:動物翻訳家 片野ゆか 著」、『東京新聞』2015年11月29日(日)付。

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