覚え書:「書評:家へ 石田千 著」、『東京新聞』2015年12月06日(日)付。

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家へ 石田千 著

2015年12月6日
 
◆平穏な日常に吹く風
[評者]池上冬樹=文芸評論家
 石田千の小説なので、また主語のない一人称一視点の小説なのだろうと思ったら、やはりそうで、日常が曖昧に動いていく様が実に印象的に捉えられている。文章に陰影があり、世界は生々しく立ち上がってくるが、この文体でいいのか。
 東京の美大で彫刻を学ぶ大学院生の「シン」は、新潟の海沿いの町で、母親とその内縁の夫「じいさん」との家庭で育った。実の父親の「倫さん」も家によく出入りしている。複雑ながら穏やかな関係を保つ家族だったが、シンが彫刻の修業のために留学を考えはじめたころから、小さな亀裂が走ることになる。
 という物語は、よく読まないと見えてこない。主語が省かれ、人物たちが織りなす日常生活の観察に焦点が結ばれるものの、主人公の性格を規定し、ドラマの方向を決定づける人物のリアクションがないので、物語は駆動力をもたない。
 ボブ・ディランの音楽が語られるが、ディランの歌詞のように風の中に答えを求めているのではなく、どんな風が吹いてきても、その風は人物たちの中を吹き抜けてしまい、多少の苦さだけを残していくような姿に作者は愛着があるようだ。小さな人間関係の消息を、細かい挿話を通して丁寧に描いて味わいがあり、独特の優しさが光るけれど、この文体から脱却しない限り、文学のさらなる豊かさも深さも得られないのではないか。
講談社・1728円)
 <いしだ・せん> 1968年生まれ。作家・エッセイスト。著書『きなりの雲』など。
◆もう1冊 
 石田千著『平日』(文春文庫)。上野、大手町、羽田、吉祥寺など、「平日」の東京がまとう多彩な表情を切り取る。
    −−「書評:家へ 石田千 著」、『東京新聞』2015年12月06日(日)付。

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