覚え書:「考2016:1 私たちの今 思想家・内田樹さん 成長もう望めない、公正な分配に焦点=内田樹」、『朝日新聞』2016年01月05日(火)付。

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考2016:1 私たちの今 思想家・内田樹さん 成長もう望めない、公正な分配に焦点=内田樹
2016年1月5日

 ■思想家・内田樹(うちだたつる)さん

 なんだか目の前がモヤモヤしている。株価は高い水準にあり、都心は買い物を楽しむ人であふれている。「1強」と言われる安倍政権のもと政治は安定しているように見える。一方、格差は広がり、貧困は深刻な問題となっている。私たちはどのような時代を生きているのか。そのことを知りたくて、思想家・内田樹さんの道場兼住居「凱風館」の門をたたいた。

 ――いま、どのような時代でしょうか。

 「移行期です。地殻変動的な移行期の混乱の中にある。グローバル資本主義はもう限界に来ています。右肩上がりの成長はもう無理です。収奪すべき植民地も第三世界ももうないからです。投資すべき先がない。だから、自国民を収奪の対象とするようになった。貧者から吸い上げたものを富裕層に付け替え、あたかも成長しているかのような幻想を見せているだけです」

 「若い人の賃金は下がり、法人税を下げ、株の配当を増やす。株をやっている人からすれば、本来なら社会福祉や教育や医療に使うべき税金を株の配当金に充ててもらっているわけですから、こんなありがたい政権はない」

 私自身、経済成長は「良いこと」と信じてきた。経済が成長すれば景気が良くなって、一人ひとりの暮らしも良くなるかもしれない。だが、内田さんはそうした考え方は違うと言う。

 「左右を問わずメディアは『経済成長せねばならない』を前提にしています。大量生産・大量流通・大量廃棄のサイクルを高速度で回すことで経済成長するのが良いことだと信じている。でも、ぼくはそれは違うと思う。成長がありえない経済史的段階において、まだ成長の幻想を見せようとしたら、国民資源を使い果たすしか手がない。今はいったんブレーキを踏むべきときです。成長なき世界でどうやって生き延びてゆくのか、人口が減り、超高齢化する日本にどういう国家戦略があり得るのか、それを衆知を集めて考えるべきときです」

 「世界ではいま左翼のバックラッシュ(反動)が起きています。米国大統領選で民主党の指名争いでは、社会主義者を名乗るバーニー・サンダースヒラリー・クリントンを急追しています。カナダではリベラルのジャスティン・トルドーが成長よりも融和を重んじる国家ビジョンを提示しました。どうやって成長させるかより、限りある資源をどう国民に公正に分配していくかに社会的な関心が移りつつある」

 「昨夏の国会前デモでぼくが見たのは、国会内では『システムを今すぐ根本から変えなければ大変なことになる』と叫びたてるおじさんたちが暴走し、国会外では若者たちが雨にぬれながら『憲法を守れ、立憲デモクラシーを守れ』とそれをたしなめているという不思議な構図でした。それは『後先考えずに、目先の変化を求める』という大人たちのみぶりそのものが硬直して、体制化しているということです。若者たちは『暴走』が常態化した体制に『熟慮』を対抗させているのです」

 ――夏に参院選があり、結果次第で憲法改正が俎上(そじょう)に上る可能性もあります。

 「民主主義というのは実は危険な仕組みであって、一時的な激情に駆られて暴走しやすい。現に、20世紀の独裁政権の多くは、ドイツでもイタリアでもフランスでも、民主的な手続きを経て合法的に成立したのです。だから、一時的な大衆的熱狂で議席を占有した政党が国の根幹に関わる制度や原理を簡単に変えることができないように、憲法があり、三権分立があり、両院制があり、内閣法制局があった。けれども、小泉政権以来、そうした行政府の暴走を阻止するための『ブレーキ』に当たる装置がひとつずつ解除されている」

 「いまの参院の機能不全には明らかにメディアも加担しました。衆院参院が『ねじれ』ているのは両院制の本義からすればむしろ望ましい事態。けれども、衆院で決まったことがただちに参院でも通過するのが『効率的』だというのなら、そもそも参院は要りません」

 「その理屈でゆけば、長い時間をかけて国会で審議しても最後には与党が採決を強行するなら、野党がいるだけ非効率だということになる。それなら野党は要らない。いや、法律は行政府が起案するのだから、そもそも国会審議自体が時間の無駄なのだということになる。『ねじれ国会』の解消から独裁制までは論理的には一本道なんです」

 ――先行きは厳しいですね。

 「ええ。でも、歴史には必ず補正力が働きます。ある方向に極端に針が振れたあとは、逆方向に補正の力が働き、歴史はジグザグに進む。いまは針が極端に行き過ぎた後の補正段階に入っている。世界的なスケールでの『左翼のバックラッシュ』も、日本に見られた『暴走する老人とそれを制止する若者たち』という逆説的な構図もその兆候だとぼくは見ています」

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 1950年生まれ。思想家で武道家神戸女学院大名誉教授。著書に「困難な成熟」「ぼくたち日本の味方です」(共著)など。

     ◇

 2016年が明け、政治が始動した。日本、そして世界は今年、どんな方向に進むのか。私たちは何をものさしに判断し、先行きを見つめていけばいいのか。その補助線を求めて、記者が識者とともに考える。

 ■取材後記

 古今東西の歴史書や思想書が並ぶ書斎で、内田さんが語ったのは、利益や効率に至上の価値を置く社会への警告だった。あなたが当然と思っている「経済成長」は、当たり前でもなんでもない――そう言われて改めて前を向いてみると、視界が少し開けた気がした。

 (円満亮太)
    −−「考2016:1 私たちの今 思想家・内田樹さん 成長もう望めない、公正な分配に焦点=内田樹」、『朝日新聞』2016年01月05日(火)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12144656.html





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