覚え書:「2015年売れた本  武田砂鉄さんが選ぶ本 [文]武田砂鉄(ライター)」、『朝日新聞』2015年12月27日(日)付。

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2015年売れた本  武田砂鉄さんが選ぶ本
[文]武田砂鉄(ライター)  [掲載]2015年12月27日
 
■必要なのは「処方箋」だけ?
 200万部の大台を突破した芥川賞受賞作〈1〉の著者・又吉直樹は、自著の宣伝だけでなく、自身が影響されてきた古典文学や刺激を受けている現代文学の紹介に勤(いそ)しみ、結果として文芸書コーナーでは“又吉言及書”が『火花』を囲んだ。同時受賞の羽田圭介が「(又吉に)便乗します」と公言し、あたかも芸人のように数多(あまた)のテレビ番組で笑いを取り、両者の役割を反転させたのは痛快だった。
 〈3〉〈5〉〈6〉〈9〉は同じ版元による刊行物だが、年配の女性が指し示す一家言、という共通項もある。世の空気など気にしない語り手からは「順風満帆で来た人ほど、社会に出た後、組織の中でうまくいかないと自殺をはかる」(〈3〉)、「仕事が長続きしない人たちが、世間を騒がすような事件を起こす」(〈9〉)といった危うい断定もそこかしこで放たれているが、発言の炎上やクレームに過敏すぎる社会においては、人生経験に根ざした強気のメッセージが響くのだろうか。

■波風立てない意識
 その手のメッセージを浴びる一方で、個々人が手にしたいのは「感情的にならない」(〈10〉)立ち振る舞いであり、「平常心」(〈20〉)を維持する姿勢。どのような自分でありたいかという問いに処方箋(せん)を示す書籍が売れるのは今に始まったことではないが、波風立てない人間を目指す、という意識は寂しくもある。今年、そんな意識じゃダメと鼓舞したのが、松岡修造の日めくりに連なる熱い言葉だった。
 「10着しか」(〈2〉)や「聞くだけ」(〈4〉)といったシンプルで分かりやすい提示が受けるのも例年通りだが、〈2〉に代表されるような、モノを持ちすぎずに自分に合うものだけを選び抜く「ていねいな暮らし」本が店頭をにぎわせた。最低限のモノだけで暮らす「ミニマリズム」を指南する本そのものが雨後のタケノコのように大量に出版されるという矛盾は、業界の疲弊を表しているようだった。
 書店の社会時事コーナーをのぞくたびに〈14〉の両著者の新刊を見かけた気がするが、今年は、ISによる日本人人質事件、安倍政権による安保法成立など、直面する大きな議題に対して、かなりの速度で解説本・評論本が刊行されていった。時事問題に食らいついていくその姿勢は、結果的に、昨年までその手のコーナーをいたずらに占拠していた嫌中・嫌韓本の存在感を薄めることにもつながった。

■購買データは語る
 出版界の下落傾向は歯止めがかからない。業界4位の出版取次・栗田出版販売が経営破綻(はたん)、書店数の減少も止まらない。なかでも、書店員による確かな選球眼が編み上げた棚作りが「文化」を作り出すことを教えてくれたリブロ池袋本店や、「売れない文庫」フェアなど独自の企画で多様な本に接する機会を作り出していた北海道のくすみ書房といった、こだわりの書店が姿を消したのは残念でならない。
 今回のランキングを発表した日販の資料には購買データ分析資料がついていたが、ベストセラー本を買った人は、軒並み他のベストセラー本を手にしていることが分かる。〈2〉のタイトルになぞらえるならば、日本人はベストセラーしか本を持たなくなっている。“シンプルな処方箋”を提示するのは難しいが、それ以外の本に手を伸ばしてもらう施策を積み重ねるしかない。
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たけだ・さてつ ライター 82年生まれ。著書に『紋切型社会』。

■2015年ベストセラー
(14年11月27日−15年11月26日、日販調べ、総合部門)
 書名/著者・編者/出版社
 〈1〉火花/又吉直樹著/文芸春秋
 〈2〉フランス人は10着しか服を持たない パリで学んだ“暮らしの質”を高める秘訣/ジェニファー・L・スコット著、神崎朗子訳/大和書房
 〈3〉家族という病/下重暁子著/幻冬舎新書
 〈4〉聞くだけで自律神経が整うCDブック/小林弘幸著、大矢たけはる音楽/アスコム
 〈5〉一〇三歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い/篠田桃紅著/幻冬舎
 〈6〉置かれた場所で咲きなさい/渡辺和子著/幻冬舎
 〈7〉新・人間革命27/池田大作著/聖教新聞社
 〈8〉智慧の法 心のダイヤモンドを輝かせよ/大川隆法著/幸福の科学出版
 〈9〉人間の分際/曽野綾子著/幻冬舎新書
〈10〉感情的にならない本 不機嫌な人は幼稚に見える/和田秀樹著/新講社ワイド新書
〈11〉学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話/坪田信貴著/KADOKAWA
〈12〉鹿の王 上下/上橋菜穂子著/KADOKAWA
〈13〉下町ロケット2 ガウディ計画/池井戸潤著/小学館
〈14〉新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方/池上彰佐藤優著/文春新書
〈15〉嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え/岸見一郎、古賀史健著/ダイヤモンド社
〈16〉お金が貯まるのは、どっち!? お金に好かれる人、嫌われる人の法則/菅井敏之著/アスコム
〈17〉ラプラスの魔女東野圭吾著/KADOKAWA
〈18〉だるまさんが/かがくいひろし著/ブロンズ新社
〈19〉身近な人が亡くなった後の手続のすべて/児島明日美、福田真弓、酒井明日子著/自由国民社
〈20〉平常心のコツ 「乱れた心」を整える93の言葉/植西聰著/自由国民社
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