覚え書:「今週の本棚・本と人 『古代の日本と東アジアの新研究』 著者・上田正昭さん」、『毎日新聞』2015年12月27日(日)付。

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今週の本棚・本と人
『古代の日本と東アジアの新研究』 著者・上田正昭さん

毎日新聞2015年12月27日

(藤原書店・3888円)

今こそ生きた歴史学を 上田正昭(うえだ・まさあき)さん

 第二次世界大戦のさなかに大学に入り、戦後の混乱期に卒業した。「臣民」として「天皇」と「皇国」に殉ずるべきだと教育された。敗戦とともに抱いた「天皇制とは何か」という疑問を解明しようと、古代史に本格的に取り組むようになった。「戦後70年はそのまま私の研究史に重なります」

 ここ3年ほどの間に学術誌などに発表した論文と書き下ろしで構成した。88歳にして81冊目の著書。「人生最後の論文集になるでしょう」。それでも随所に新視点を盛り込んだ。

 古代の王統の画期を改めて論じた。奈良盆地東南部を本拠とした初期の三輪王権の崇神(すじん)、垂仁(すいにん)天皇が「イリヒコ」と呼ばれたのは、九州にあった勢力が東に移ってこの地域に入ったことを反映していると、邪馬台国東遷説の立場を明確にした。

 大阪平野を本拠とした応神天皇以降を河内王朝と呼ぶ。この時代、中国に使いを送った倭(わ)国王(天皇)は朝鮮半島の一部を含めて自らの統治領域と主張した。日本を中心として朝鮮半島を下に見る「日本版中華思想」が、『日本書紀』で天皇を「天子」と称していることにも表れていることを示した。

 いつから天皇が神と呼ばれるようになったのかについて考察した。天武天皇とともに古代国家成立に大きな役割を果たした持統天皇即位式大嘗祭(だいじょうさい)で、中臣氏が奏上した「天つ神の寿詞(よごと)」についても論究している。「出雲(いずもの)国造(くにのみやつこ)が奏上した神賀詞(かむよごと)は嫌というほど論文があるのに中臣の寿詞はほとんどありません。新研究と言えるでしょう」

 これまでの著書では、朝鮮半島百済(くだら)、新羅(しらぎ)、高句麗(こうくり)と日本の関係を個別に論じてきたが、本書では三国をまとめて取り上げ、さらに中国の唐、渤海(ぼっかい)を加えて論じた。江戸時代の朝鮮通信使について言われる善隣友好が、古代にもあったことを強調する。「関係が悪化している今こそ、対立を乗り越えて友好を築いた過去に学ぶべきです」

 学生時代、国文学者の折口信夫の講義を聴いて影響を受け、神話や祭り、芸能に目を向けてきた。明治以来、国策として悪用されてきた国家神道ではなく、自然とともに新しい文化を創造するのが神道の原像であり、今こそ見直すべきだと主張する。

 隣接の学問にも目を向け、史実に即して、日本がいかにあるべきかを見極める。「それが生きた歴史学だと思います」<文と写真・佐々木泰造>
    −−「今週の本棚・本と人 『古代の日本と東アジアの新研究』 著者・上田正昭さん」、『毎日新聞』2015年12月27日(日)付。

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