覚え書:「今週の本棚 大竹文雄・評 『21世紀の不平等』=アンソニー・B・アトキンソン著」、『毎日新聞』2015年12月27日(日)付。

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今週の本棚
大竹文雄・評 『21世紀の不平等』=アンソニー・B・アトキンソン

毎日新聞2015年12月27日

東洋経済新報社・3888円)

議論の際に共有すべき15の政策提案

 日本でも世界でも、不平等の拡大が大きな関心となっている。様々な国際紛争や国内問題も不平等の拡大を背景にしているものが多い。この問題に対する取り組みが必要なことは、誰でも同意するはずだ。「でも本気で所得不平等を縮小したいなら、何ができるのだろう? 世論の高まりを、実際に不平等を縮小する政策や活動に転換するにはどうすればいいだろう?」。本書はこの疑問に答えるために具体的な政策提案をしている。

 著者のアトキンソン教授は、現在オックスフォード大学フェローであるが、経済学の専門家の間では、所得分配と公共経済学に関する世界的権威として知られてきた。著者が発表した不平等度指標は、アトキンソン尺度という名称がつけられており、経済学者なら誰でも知っている。また、最適課税論を打ち立てた研究者としても知られている。さらに、公共経済学の専門学術誌の編集長を長く勤め、この分野の研究の動きに世界的な影響力をもってきた。

 アトキンソン教授の今までの著作は、純粋に学問的な立場で書かれてきたものがほとんどだったが、本書では、所得不平等の実態、変化とその要因に加えて、不平等を縮小するための具体的な政策提案をしている。さらに、その提案の現実妥当性について財政計算を行って確認している。

 本書の分析は、不平等の拡大についての事実認識とその変化の要因についての分析から始まる。グローバル化や技術革新が格差拡大の原因であることは認めた上で、使用者と労働者の間の交渉力や分配に対する社会的規範、税制が不平等に大きく貢献することを指摘する。

 多くの経済学者は、技術革新やグローバル化の影響は変えられないものと考えた上で、教育や訓練による対応と所得再分配政策の強化を提案してきた。著者の処方箋は、それを否定するものではないが、15の提案には、彼の経済学者としてのスケールの大きさを示すものが含まれている。例えば、「技術変化の方向を政策立案者たちは明示的に検討事項とすべきである。イノベーションは労働者の雇用性を増大するような方向へと奨励し、サービス提供における人間的な側面を強調すべきである」という1番目の提案だ。

 イノベーションは、偶然発生するものではなく、私たち自身が方向性を決めることができるというのは言われてみればその通りだ。雇用を減らすイノベーションから雇用を増やすものへ変えればいいし、それは私たち自身の選択だという指摘だ。ただ、簡単ではない。日本では労働力減少に直面しているため、雇用を減らすイノベーションが求められているし、日本が異なる方向を目指しても外国でのイノベーションが変わらなければ難しいかもしれない。

 「公的政策は、ステークホルダー間の適切な権力バランスを目指すべき」という2番目の提案は、現実の市場が完全競争ではないという認識に基づいたものだ。最低賃金の役割を重視するのはその典型だ。「競争政策に明示的に分配的な側面を導入すべき」という指摘は、市場競争と再分配を分けて考えるという教科書的な経済学とは異なっている。

 累進所得税の強化、相続税の改善案、児童手当の在り方など、日本の税制改革にも適用可能な提案が多い。経済学を知り尽くした著者は、教科書的な経済学からの批判にも十分対応している。

 アトキンソン教授の15の提案は、所得不平等対策を議論する際に、誰もが共有すべき出発点となるだろう。(山形浩生、森本正史訳)
    −−「今週の本棚 大竹文雄・評 『21世紀の不平等』=アンソニー・B・アトキンソン著」、『毎日新聞』2015年12月27日(日)付。

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