覚え書:「今週の本棚 鹿島茂・評 『トッド 自身を語る』=エマニュエル・トッド著」、『毎日新聞』2015年12月27日(日)付。

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今週の本棚
鹿島茂・評 『トッド 自身を語る』=エマニュエル・トッド

毎日新聞2015年12月27日

 (藤原書店・2376円)

理論体系転換させるか日本体験

 エマニュエル・トッドの著作の訳者が、訳書の刊行に際して試みたインタビューを逆編年体で編んだ本。惹句(じゃっく)に「今、世界で最も注目されているトッドとは何者か?」とあるように、歴史人口学と家族構造論を駆使して、世界解釈を大転換するような斬新な分析を示してきたこの学者がどのように自己形成してきたか、また、今後どの方向に向かって行こうとしているのかが、インタビューを通して浮かび上がってくる巧みな構成になっている。

 まず、出自と自己形成から行こう。トッドは高名なイギリス人ジャーナリストのオリヴィエ・トッドとポール・ニザンの娘との間に生まれ、フランスの学生時代には父の友人であるアナール派の泰斗ル・ロワ・ラデュリや歴史人口学者から影響を受け、留学先のイギリスで歴史学者ピーター・ラスレットなどのケンブリッジ・グループの家族システム研究の指導を仰いだ。つまり、その血筋と同様、英仏の歴史学の潮流が出合った場所で研究者として自己形成を遂げ、その混淆(こんこう)から独自な理論を引き出したわけだが、それは主に二つの基軸から成る。

 一つは、人類は、識字率出生率を変数とする基軸においては例外なく「進歩の軌道上にある」とする普遍的進化論である。もう一つは、ユーラシア大陸の国々は家族構造の面から(1)絶対核家族イングランド型)(2)平等主義核家族(フランス・パリ盆地型)(3)直系家族(ドイツ・日本・韓国型)(4)外婚制共同体家族(ロシア・中国・ベトナム)に四分類され、それぞれの家族構造から異なったイデオロギーと文化を生み出したとする文化相対主義的な不変論である。後者については決定論ではないかという批判を受けている。

 ところで、トッドは「<日本の読者へ> 私を形成したもの−−フランス、英米圏、そして日本」と題した序の中で、なぜ自分がこのような二つの基軸で思考するに至ったのかと自らに問いかけ、前者はフランス普遍主義、後者は英米的文化相対主義という違いはあるもののいずれも英仏混淆的家族環境と教育によって決定されたものであると結論したうえで、これに例外が加わったと告白する。それは、東日本大震災の四カ月後に日本を訪れたときの経験から生じた変化である。「研究者としての私の中には、明らかにフランス文化があり、もちろん英米アングロアメリカン)文化がある(中略)。しかし日本への参照というものが、一種回転軸のようなものとして存在するのだ。(中略)日本は、あとから私の生活の中に入って来たのであり、家族から来たものではない。日本は、私が自分で自由に選び取ったものなのである」。どうやら、トッドは東日本大震災の直後に被災地を訪れた経験から、自己の理論体系を大きく転換するほどの刺激を受けとったようである。

 では、トッドは日本体験を経てどのような方向に進んでいくのだろうか?

 それを予感させるのが、「自由、平等、友愛」を標語とする平等主義的個人主義の揺籃(ようらん)の地であるパリ盆地が一時的に落ち込んだあと二十一世紀半ばに、劇的に復活するだろうという予想である。「パリ地域は今のところ不活発ですが、実は、あらゆる肌の色、あらゆる宗教の互いに異なる住民の融合を前提とした新たなフランス文化を集中させることになります」

 もしかすると、トッドは一見、同質的に見える日本の中に遠い昔の混淆のしるしを見たのかもしれない。そんなことを感じさせる一冊である。(石崎晴己編訳)
    −−「今週の本棚 鹿島茂・評 『トッド 自身を語る』=エマニュエル・トッド著」、『毎日新聞』2015年12月27日(日)付。

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