覚え書:「世界発2016 宗派共存「中東のスイス」 オマーン 並んで礼拝、結婚も」、『朝日新聞』2016年1月13日〔水)付。

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世界発2016 宗派共存「中東のスイス」 オマーン 並んで礼拝、結婚も
2016年1月13日

(写真キャプション)両腕を組むのはスンニ派、下に垂らすのがイバード派シーア派。宗派が入り交じる礼拝はオマーンでは当たり前の光景だ=マスカット、渡辺淳基撮影

 宗教指導者の処刑と大使館襲撃をめぐって断交したサウジアラビアとイラン。イスラム教の宗派の違いが中東を引き裂こうとしているようにもみえる。しかし、アラビア半島オマーンでは、全く異なる風景が広がっていた。

 金曜日の昼すぎ。首都マスカット西部のモスク(イスラム教礼拝所)に家族連れが集まってきた。恒例の集団礼拝の時間だ。

 堂内に入りきれなかった人たちが芝生の上で祈り始めた。スンニ派式に両手をひじにあてる人もいれば、シーア派のように両腕を垂らす人もいる。

 「ここではスンニ派シーア派も一緒に祈る」と説教師のブサイードさん。このモスクはイバード派という宗派に属するが、他宗派を拒むことはない。

 ブサイードさんによると、オマーン国民の過半数イバード派。7世紀後半に現在のイラクで始まり、オマーンで広がったとされる宗派だ。預言者ムハンマドの後継者について「血筋」にこだわらないところはスンニ派に近く、ウマイヤ朝(661〜750)から離反した歴史的な経緯はシーア派と共通する。

 特徴は寛容さだ。オマーンはインドやペルシャとの交易で栄えた。18世紀ごろには東アフリカの一部も領土とし、様々な土地の出身者が国民となったことが影響したようだ。サウジなどほかの湾岸諸国と違い、街では顔を覆う「ニカブ」をつけていない女性を多く見かける。外国人がアルコールを飲むことにも寛容だ。

 宗派間の結婚も珍しくない。弁護士ユセフ・ブサイディさん(25)は父がイバード派、母がシーア派だ。「僕らのような若い世代では、自分が何派かわからない人が多い」と話す。

 過激派による大規模なテロも起きていない。特定の宗派を標的にする理由が存在しないことも、一因とみられる。

 ■融和策、国王が推進 公務員、宗派欄なし/教科書、祈る姿様々

 オマーンの寛容さは、カブース国王(75)によるところも大きい。

 オマーンは1971年、英国の保護領から独立。当時、首都を含む北部と、反政府運動が強まる南部の対立が深まっていた。部族対立を通じ、宗派対立に発展する恐れもあった。

 70年に即位したカブース国王は国をまとめるため、前国王が逮捕した政治犯らに恩赦を出すなど融和策を強力に推し進めた。

 公務員の採用願書から宗派の記入欄をなくし、教科書には人々が違う方法で祈る姿を描いた。イバード派が多数派であること以外、宗派別の人口統計は公にされていない。「政府が意図的にあいまいにしている」(研究者)という。

 「宗派のことを話せば、逆に人々から疎まれる」と語るのは、昨年10月の諮問議会選挙で当選したタウフィーク・ラワティ氏。宗派別の政党は存在せず、選挙活動ではもっぱら交通渋滞の解消や教育制度改革などを訴えた。

 国政の実権はカブース国王にあり、民主化という点では議会制民主主義を採るイラクなどに立ち遅れている。それでもカブース国王への支持は高い。ラワティ氏は「99%が同じスンニ派と言われるリビアでは内戦状態が続く。イラクでは政党が宗派別に争っている。対立を生むのはいつも政治であり、宗教ではない」と話す。

 ■外交でもバランス配慮 サウジやイランと良好、過去に仲介

 オマーンは外交でもカギを握る。サウジなどスンニ派諸国と同盟関係を結びつつ、シーア派のイランとも良好な関係を維持。「中東のスイス」と呼ばれる。日本が6割以上を依存するペルシャ湾岸の原油はホルムズ海峡のオマーン領海を通る。日本のエネルギーの安定供給に欠かせない存在だ。

 ホルムズ海峡の封鎖が取りざたされたイランの核開発問題をめぐっても、オマーンは米国とイランに秘密協議の場を提供した。

 隣国イエメンのシーア派武装組織フーシに対するサウジ主導の軍事介入には加わらず、交渉窓口役に徹する。英エクセター大のマーク・バレリ湾岸研究センター長は「オマーンがバランスに配慮するのは国家維持のため。地域が混乱すれば、自国が吹き飛びかねないことを国王は自覚している」と話す。

 1987年にサウジで起きたイラン人巡礼者と治安部隊の衝突などをめぐり、サウジとイランが翌年断交した際、仲介役を務めて91年の国交回復を実現したのはカブース国王だった。

 今月、サウジがシーア派の宗教指導者を処刑したことをきっかけにサウジとイランは再び断交。オマーンは9日、湾岸協力会議(GCC)の一員として「サウジ支持」を確認したものの中立的な立場を貫く。緊張を解くため、今回もカブース国王が動いているとの報道もある。

 そんなオマーンにも、宗派対立の影響が及びはじめたとの見方がある。マスカット大学のハイデル・ラワティ学長は、ソーシャルメディアなどで、宗派を理由に国の政策を批判する言動が増えたと感じている。

 子どもがいないカブース国王は後継指名をしていないため、死去後の国政の混乱を予期する指摘もある。それでも、ラワティ学長は「オマーン人は『寛容』という価値観を捨てない。誰が国王になっても、国のまとまりは揺るがない」と話す。

 (マスカット=渡辺淳基)

 ◆キーワード

 <オマーン> アラビア半島の東端に位置する絶対君主国。外国人を含む人口は約433万人。石油や石油製品の輸出を主な産業とし、石油生産は日量94万5千バレル(2013年)で世界20位。千夜一夜物語で描かれたシンドバッドは、中国へ航海したオマーン人船乗りがモデルだったとされる。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S12155803.html





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