覚え書:「週の本棚・この3冊 水木しげる 大泉実成・選」、『毎日新聞』2016年1月10日(日)付。

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週の本棚・この3冊
水木しげる 大泉実成・選

毎日新聞2016年1月10日

大泉実成(みつなり)

 <1>ねぼけ人生<新装版>(水木しげる著/ちくま文庫/626円)

 <2>コミック昭和史 全8巻(水木しげる著/講談社文庫/576−626円)

 <3>水木しげる漫画大全集064 『ガロ』掲載作品(水木しげる著/講談社コミックプラス/2700円)

 数ある水木関連本の中でも、圧倒的な面白さで他の追随を許さないのが『ねぼけ人生』だろう。水木しげるの自伝なのであるが、とにかく面白いエピソードが次から次へと泉のように湧き出てきて、抱腹絶倒の作品である。

 この面白さを支えているのは、おそらく書いている水木先生自体が、別に面白いともなんとも思わず当たり前のこととして淡々と書いているからであろう。「死とは何か」に興味を持ち、水木少年は自分の弟を海に放り込んでそれを観察する。それは水木的には普通のことであるのかもしれないが、世間からすればとんでもないことなんですよ、先生。

 落語家の春風亭昇太さんも同書の大ファン。かつてインタビューした際、「戦争に行って、ジャングルを追いかけ回されて、片腕を失って日本に帰ってくるという、すさまじい内容でしょう。ところが本人は、全然たいへんなこととも感じてなければ、深刻にもなってない」。

 「すごく印象に残っているのは、水木さんのお父さんが、日本に帰ってきた水木さんの腕が10センチぐらい残っていたのを見て『これぐらいなくちゃダメだな』というエピソード。『親もかよ』。本人だけじゃなくて親もまったく深刻になっていない」と感想を語っていた。

 これはものすごい慧眼(けいがん)で、昇太さん、そうなんです。水木しげるはローマと同じで、一代にしてああなったわけではないんですよ。

 そして『コミック昭和史』。1992年に初めて水木先生にお会いしてから、僕はその人柄に異常なる感銘を受け、以来「水木原理主義者」を名乗っているが、そのバイブルともいうべき本である。18歳でニューギニア最前線に送り込まれ、左腕をなくした水木先生が、戦争が終わったとわかった瞬間笑い狂う小さな一コマがあるのだが、これほど嬉(うれ)しそうに笑う人間の描写を僕はかつて見たことがない。いかに水木先生が過酷な体験をされたのかが伝わってくる。

 最後にあげるのが、<3>などに収録されている「丸い輪の世界」という短編マンガである。これはいろんな作品集に収録されているので、興味のある方はご自分でお探しになるのもご一興かと思う。たいへん残念なことに、僕はこの作品のよさについて、言葉で説明することができない。とにかくご一読いただければ、あなたの心の一番深いところで、何かが目覚めると思う。

 水木先生、ありがとうございました。
    −−「週の本棚・この3冊 水木しげる 大泉実成・選」、『毎日新聞』2016年1月10日(日)付。

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今週の本棚・この3冊:水木しげる 大泉実成・選 - 毎日新聞



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