覚え書:「書評:《原爆の図》全国巡回 岡村幸宣 著」、『東京新聞』2016年1月10日(日)付。

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《原爆の図》全国巡回 岡村幸宣 著

2016年1月10日
 
◆芸術表現 流布の力学
[評者]福間良明立命館大教授
 丸木位里(いり)・赤松俊子「原爆の図」は被爆の惨状を描いた作品として知られる。それはいかに知れ渡るようになったのか。本書はその過程を精緻に検証している。
 「原爆の図」の巡回は、すでに占領期に始まっていた。原爆報道は抑えられる傾向にあったが、個人の芸術表現はさほど検閲対象とはされていなかった。講和条約が発効すると巡回はさらに活性化した。一九五〇年から五三年の四年間に、北海道から鹿児島まで巡回展は百七十カ所、入場者は百七十万人に達した。
 極東情勢緊迫に伴う反戦運動原水禁運動の高揚が、こうした動きを後押しした。とはいえ、政治的な側面からのみ受容されたわけではない。土俗的な死者への弔意のほか、「原子力の平和利用」に思いを致す人々も見られたという。
 模写が展示されることも少なくなかった。模写とはいえ位里・俊子らが手掛けてはいたが、「オリジナル」とは異質な「コピー」が流通していたことは興味深い。模写であっても人々の反応は原作展示の場合と大差なかったという。模写の巡回を要するほどに需要が大きく、またそこでのインパクトがオリジナルの評価を高めたであろうことがうかがえる。
 それにしても、巡回展記録の地道で丹念な掘り起こしには圧倒される。膨大な資料に謙虚に向き合いながら、多様な解釈や力学を浮き彫りにした好著である。
 (新宿書房・2592円)
 <おかむら・ゆきのり> 1974年生まれ。原爆の図丸木美術館学芸員
◆もう1冊 
 小沢節子著『「原爆の図」−描かれた<記憶>、語られた<絵画>』(岩波書店)。連作「原爆の図」のイメージと記憶。
    −−「書評:《原爆の図》全国巡回 岡村幸宣 著」、『東京新聞』2016年1月10日(日)付。

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