覚え書:「三島由紀夫 悪の華へ 鈴木ふさ子 著」、『東京新聞』2016年01月10日(日)付。

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三島由紀夫 悪の華へ 鈴木ふさ子 著

2016年1月10日
 
◆武張らない少年期の原像
[評者]富岡幸一郎=文芸評論家
 三島由紀夫市ケ谷自衛隊で衝撃的な割腹自殺を遂げてから、四十五年の歳月が過ぎた。忘れ去られるには十分な時間であるが、その死後も、三島についての本は毎年のように刊行され続けている。生前からノーベル文学賞の候補にも目され海外からも高い評価を受けてきた、この伝説的作家への関心は益々(ますます)高まっている。
 本書は、三島没年の年に生まれた、オスカー・ワイルドの研究者によるユニークな三島伝である。まさに新しい世代による、新たな三島論である。
 三島は幼少の頃からその早熟な才能によって、古今東西の文学を享受し、十代で作品を発表し注目されたが、十三歳のときに手にしたワイルドの『サロメ』は彼に決定的な影響を与えた。この芝居を、三島は自決の直後に上演させるべく死の三日前まで周到な準備をし、妖艶なサロメによって所望された預言者ヨハネの生首が、三島自身の刎(は)ねられた首に重ね合わされる「死の演出」を実現した。
 しかし本書は、三島の壮絶かつ劇的な最期から遡行(そこう)してその文学全体を見ようとする(これまでの三島論の多くはその傾向を免れなかった)のではなく、ワイルドに影響を受けた三島の揺籃(ようらん)期と青春期の作品を原点として扱うことで、あの自裁のドラマが、作家の青春期への、文学の源泉への回帰−十代の己へと帰郷するための不可避な運命であったことを、鮮烈に示してみせる。
 そこから垣間見えてくるのは、武士道とか軍隊とか天皇といった武張った三島像ではなく、血の海のなかの作家の首級(しゅきゅう)の背後に静かに浮かぶ、少年三島のやさしいたおやめぶりの微笑である。これまでの三島論が、作家が演出した政治と文学、行動と認識、武と文といった二元論に眩惑(げんわく)されてきたのにたいして、この女性批評家の優美な筆致は、その作品の心の扉を開き、三島由紀夫という作家の原像を明らかにしてみせたのである。
(アーツアンドクラフツ・2376円)
 <すずき・ふさこ> 文芸評論家。著書『オスカー・ワイルドの曖昧性』など。
◆もう1冊 
 三島由紀夫著『花ざかりの森・憂国』(新潮文庫)。十代で書いた「花ざかりの森」をはじめ、作家の美意識やテーマを伝える自選短篇集。
    −−「三島由紀夫 悪の華へ 鈴木ふさ子 著」、『東京新聞』2016年01月10日(日)付。

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