覚え書:「インタビュー:18歳って大人? 精神科医・斎藤環さん」、『朝日新聞』2016年01月19日(火)付。

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インタビュー:18歳って大人? 精神科医斎藤環さん
2016年1月19日

斎藤環さん=東京・上野、堀英治撮影
写真・図版
 選挙権年齢の18歳への引き下げに伴い、民法上の成人年齢などほかの基準も18歳に、という議論が出ている。だが、引き下げていい理由は何一つない、むしろ上げるべきだ、と若者たちを多く診てきた精神科医斎藤環さんは主張する。なぜなのか。何歳ならいいのか。そもそも大人になるとは、どういうことなのか。

 ――選挙権年齢が18歳に引き下げられます。若者が政治に参加するいい機会になりそうです。

 「私は反対です」

 ――どうしてですか。みんな賛成してますよ。

 「賛成する理由がほとんどないからです」

 ――ほとんどない!

 「選挙年齢を下げることで、若者の政治参加が促されるというのはファンタジーです。最初はお祭り的に盛り上がるかも知れませんが、平常運転になれば元の木阿弥(もくあみ)でしょう。そうならないことを願ってはいるんですよ、私も。でも彼らの多くは自分たちには年金は回ってこないと思っています。政治になんか関心ないんです。まぁ、わずかにいいことがあるとすれば、引き下げに伴って、学外での高校生の政治活動が解禁されることでしょうか。そもそも学内と学外を分けることは無意味だと思いますけどね。一部の関心のある高校生はデモを始めてますし」

 ――若者に政治参加の意識を持ってもらうのはいいことでは?

 「今回の引き下げは、憲法改正の手続きを定めた国民投票法改正が始まりです。投票年齢を18歳と改める際、選挙権も引き下げようという議論になりました。改憲のために若い人を動員したいという、不純な動機が見え隠れしていました。とはいえ、安保法制の強行採決が国民に対しては強力な『改憲ワクチン』になったので、これでもう改憲自体は半永久的に不可能になったと私は考えていますが。むしろ18歳選挙権が、成人年齢の引き下げにつながりかねないと大いに懸念しています」

 ――選挙権年齢引き下げに伴う改正公職選挙法の付則に、民法成人年齢などについても「検討を加え、必要な法制上の措置を講ずる」と盛り込まれています。

 「成人年齢はむしろ引き上げるべきだというのが、私の年来の主張です」

 ――なぜですか。

 「逆にいうと、引き下げに賛成する理由が何一つないからです」

 ――今度は何一つない!

 「今の18歳から、選挙権や成人の年齢を引き下げて欲しいという声が出ましたか。私は聞いたことがない。引き下げるのは、自立を促し、責任感を持たせたい、ということでしょう。でも、やたら自己責任論がいわれ、生活保護はたたかれる。こんなに個人がないがしろにされている国で、18歳で自立しろなんてちゃんちゃらおかしい。権利を与えるというなら、まず徹底して個人を尊重することです。それなしに公共の利益とか言いだすからうさんくさいんです」

 「段階的に自立を促す器なりが用意されていれば、私も反対しません。でも、日本は伝統的に若者対策が遅れていて、専門の省庁がないほぼ唯一の国です。厚生労働省文部科学省内閣府と、縦割りで膨大な無駄をやっていて効率も悪く、まじめに取り組もうという人も少ない。これでは、大人なんだから自活せよという、まさに暴力的とも言えるプレッシャーが高まるだけです」

 ――欧米では18歳が常識というのも論拠になっています。

 「欧米には担当省庁を設けて若い人を弱者としてしっかり支える体制があり、18歳を大人扱いすることと共存しています。欧米並みというならまず、公的扶助の総額と普及率でしょう。再分配の仕組みに手をつけず、ただ自立せよ、活躍せよと発破をかけるのは極めてヤンキー的な気合主義でしかない。引き下げにかける莫大(ばくだい)なコストを彼らの支援に回すべきです」

    ■    ■

 ――では、何歳で成人とみなすのが適当ですか。

 「人が大人として成熟する節目は、実質的には就労と結婚、子どもを持つことだと思います。日本では34歳までの未婚者が親と同居する率は70%以上です。イタリアや韓国なども同様で、いわゆるパラサイトシングルはOECD経済協力開発機構)諸国すべてに存在してそれぞれあだ名がついています。同居率の高まりは世界的な傾向なんです。20代のほとんどが親がかりの生活を送っている中で、経済的に自立し、行動に責任を負える18歳がどれほどいるでしょうか。引きこもりの平均年齢は32歳という調査結果もあります。大学院進学率の高まりも考慮して25歳がぎりぎりですね」

 「実は日本でも、厚労省の若者の就労支援の上限は39歳です。もっとも、高齢者に対する支援などと比べてもその内容は貧弱で、欧米の仕組みとは比べるべくもありません。それでも、同じ政府内で彼らを支援が必要な弱者と認めてもいるわけです。むしろこれに合わせろと言いたいくらいです」

 ――大人扱いすることで、自覚も出るのではないですか。

 「そもそも人を早く大人として扱う社会がいいのか疑問です。大人としての成熟が早く求められるのは、発展途上地域が典型です。少年兵としてかり出され、10代で結婚させられ、労働力として使役される。飢えを知らず、親がかりで生活できる日本は、大人にならずにとどまれる社会です。社会と個人の成熟度は反比例するというのが持論です」

    ■    ■

 「私が今、最も懸念しているのは、子どもの虐待件数がどんどん増加していることです」

 ――といいますと?

 「児童虐待防止法の施行で実態が透明化されたこともあり、児童相談所での相談件数は施行前の5倍以上です。親子だからといって、無条件に子どもを可愛がるわけではない、という現実が身もふたもなく露呈しています。団塊世代の親は、まだ無条件に我が子を可愛がる傾向がありました。しかし臨床の現場では、親がひどい目にあうくらいなら、子どもは捨ててもいいくらいの認識が一般化してきている印象です」

 「日本は世界でも例外的に若いホームレスが少ない国です。家族が見放さないからです。そうした『優しさ』の代償として引きこもりが多くなるという問題はありますが……。成人年齢の引き下げは、18歳は大人だから出ていけ、と格好の口実を与えることになりかねません。もともと学校や社会にとけこめなかった若者が路上にはじきだされたら、ホームレス化するしかありません」

 ――やっぱりセーフティーネットが必要だと。

 「日本人の国民性、とは言いたくないけど、貧困対策はバッシングを受けやすい。ホームレスは自己責任だと言いたい人が多数です。家族が面倒を見ている分には引きこもりもたたかれませんが、国が対策を始めると、あんなやつらに税金を使うな、という声が必ず出てきます」

 ――ではどうすれば?

 「社会から排除された若者を再包摂する場所を作り、就労支援を手厚くすること。社会保障の対象を減らし、納税者を増やしたければ、それしかありません。彼らの支援を家族にゆだねることで対策を先送りにしてきたけれど、ホームレスが増えたら、そうも言っていられなくなるでしょう」

 「若者といえば、アンケートに今が幸せと答え、ハロウィーンで仮装して街に繰り出す姿を思い浮かべるかもしれません。でも、それはおおよそ3分の2を占めるアクティブな若者たちです。定職もなく仲間もおらず、自分自身を承認できないまま絶望している若者は、ますます声を上げられず、見えない存在になりつつあります。もちろん、結婚して子どもを持つという人生など描きようがない。彼らを救うのに成人年齢の引き下げは有害でしかありません」

 ――深刻な問題ですね。

 「法務省法制審議会の民法成年年齢部会に呼ばれたときも、引き下げに反対しました。これまでのところ、全くの孤軍奮闘ですが」

 (聞き手・辻篤子)

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 さいとうたまき 61年生まれ。筑波大教授。専門は思春期・青年期の精神病理学。著書に「ひきこもりのライフプラン」「ヤンキー化する日本」ほか。

 ■周りの言葉で成長気づくかな アイドル、女優・橋本環奈さん

 3月に公開の映画「セーラー服と機関銃―卒業―」で、18歳の主人公・星泉を演じています。薬師丸ひろ子さんが主演した「セーラー服と機関銃」(1981年)の続編で、泉は高校3年生なんですが、亡くなった伯父さんの後を継いで、ヤクザの組長をやっていたという設定です。

 私自身はいま16歳で、もうすぐ17歳になります。高校生の1年間ってすごく内容が濃いから、自分が18歳になったときのことは、全然想像できないですね。もっとしっかりしていたいとは思いますけど、でも背伸びしすぎるのも違うかな、という感じもして。

 18歳は大人か、ですか。うーん、難しいですね。18歳になって、いきなり「今日から大人」っていわれても、大人になれる人なんていないんじゃないかな。子どもと大人の境目って、年齢じゃないと思うんですよね。同じくらいの年の人でも、話していて、「あっ、この人は大人だな」と感じることもあるし。

 やっぱり人生経験の重みというか。今回、一緒に仕事をさせていただいた俳優さんやスタッフさんは、みんな本当に大人だなあと思うことが多くて。武田鉄矢さんなんか、さらっと言っている言葉の一つ一つが深いんですよね。スタッフさんも、現場での振る舞いとかがすごく大人なんですよ。

 小学校3年から芸能活動をしていて、周りは年上の方ばっかりでした。小学生の頃は大人はすごく遠い存在でしたけど、いまは「届きそうだけど届かない」という感じかな。大人でもない、子どもでもない年齢で、それは得なところもあると思うんです。映画で演じた星泉は、ヤクザの組長という大人なんですけど、高校3年生で子どもの部分もある。だからこそ、大人の社会のいろんなことを打ち破っていけるのかなと思います。

 自分が18歳になっても、大人にはなってないでしょうね。でも、自分の言葉や行動に責任を持てるようになりたいとは思っています。大人になれたかどうかは、自分で判断するんじゃなくて、周りから「しっかりしてるね」「成長したね」と言われたときに感じるんじゃないかな。そういう18歳になれればいいですね。

 (聞き手・尾沢智史)

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 はしもとかんな 99年生まれ。「千年に一人の逸材」と評され注目を集める。

 〈+d〉デジタル版に霊長類学者・松沢哲郎さんインタビュー「ヒトは何歳で大人になるのか」
    −−「インタビュー)18歳って大人? 精神科医斎藤環さん」、『朝日新聞』2016年01月19日(火)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12165673.html


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