覚え書:「書評:見果てぬ日本 司馬遼太郎・小津安二郎・小松左京の挑戦 片山杜秀 著」、『朝日新聞』2016年01月17日(日)付。

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見果てぬ日本 司馬遼太郎小津安二郎小松左京の挑戦 片山杜秀 著

2016年1月17日

◆敗戦を通じ問うた生き方
[評者]中条省平=フランス文学者
 二人の小説家と一人の映画監督を扱う作家論集の体裁だが、この三人の仕事を通して、日本という国でいかに生きるべきかを問う鋭い倫理の書である。その結果、人間にとって時間とは何かという普遍的な哲学のテーマが浮かびあがる。この三人の人間形成に敗戦が果たした役割を重視する点では、『未完のファシズム』など、著者の専門とする日本近代思想史の論考としても面白く読める。特筆すべきは、司馬遼太郎を受けつぐような歴史講談の口跡の見事さで、深い内容がやさしくすんなり頭に入ってくる。ここに新たな名文家ありといって過言ではない。
 最初に登場するのは小松左京軍国少年だった小松は、敗戦の原因を、日本が総力戦体制を徹底できなかったことだと断じた。今後はどれほどハイ・リスクでも、科学の進歩を究めることで日本のユートピア化を推進する。小松は、核融合による無尽蔵の電力開発が日本の未来を創ると信じていた。
 一方、司馬遼太郎は、日本の過去にこの国を導く鍵があると考えた。日本の根源は、アジア大陸から渡来した騎馬民族と海洋民族のダイナミックな流動性にある。だが、近代日本人は土地に執着し、力を失った。不動産至上主義の日本の現状に憤り、司馬は日本国土の公有化を本気で主張したのだ。
 三人目の小津安二郎は、未来にも過去にも信を置かない。中国大陸の戦場で日本兵を見て、最後の攻撃まで、ひたすら現在に耐えて持ちこたえることこそ、日本人の道だと確信した。小津映画の人々は、現在に耐え、黙々と生きる。何も信じられない現代では小津の思想が有効だと本書は示唆する。
 だが、大阪万博の時代に、人工太陽で夜をなくした光の未来に魅了された著者は、小松左京に一番親近感を抱いているのではないか。小松は光=善を崇(あが)めるゾロアスター教を本気で信じようとした。憑(つ)かれたように小松の思想を追う著者の姿にも、隠れゾロアストリアンの片鱗(へんりん)が見える気がする。
 (新潮社・1944円)
<かたやま・もりひで> 1963年生まれ。思想史研究者。著書『国の死に方』など。
◆もう1冊 
 片山杜秀著『未完のファシズム』(新潮選書)。世界最終戦論、総力戦体制など昭和の軍人たちの思想から、近代日本の運命を描く。
    −−「書評:見果てぬ日本 司馬遼太郎小津安二郎小松左京の挑戦 片山杜秀 著」、『朝日新聞』2016年01月17日(日)付。

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