覚え書:「【書く人】人の心の奥底に潜る 『ムーンナイト・ダイバー』作家・天童荒太さん(55)」、『朝日新聞』2016年01月24日(日)付。

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【書く人】

人の心の奥底に潜る 『ムーンナイト・ダイバー』作家・天童荒太さん(55)

2016年1月24日
 
 東日本大震災から五年目となる福島を舞台にした小説だ。書こうと思いたったのは二年ほど前だという。
 「大震災には、社会のあり方がこのままでいいのかと警鐘を鳴らす側面がありました。多くの日本人がそう受け止めて、ともに生きる感覚を見直そうという動きが生まれた。しかし今はそれが消え、むしろ大震災が起きる前以上の経済優先社会に突き進んでいる。その経過が鮮明になってきた時、小説で表現しなければいけないと思いました」
 主人公は、両親と兄を大震災の津波で亡くした元漁師の男性。震災後は家族と関東に避難し、ダイビングのインストラクターをしている。彼は行方不明者の家族たちから秘密の依頼を受け、放射能で汚染されて立ち入り禁止の福島の海に潜ることになる。「汚染された海の底に潜って流された街を見ることは、小説にしかできない表現です。執筆のためにダイビングも初めて体験し、構想を少しずつ固めていきました」
 昨年四月に福島県浪江町に入り、震災当時と何も変わらない光景にがくぜんとした。「港町ではコンクリートの土台の残る家が、枯れた草の中に広がっているだけ。復興なんてまったくされていない。この現実をわれわれは知らなくていいのだろうかと思った」。福島から戻った後、背中を押されるように書き続けた。
 「被災地の状況を考えると、今の社会は『つらい立場になると忘れられ、置き去りにされていくよ』というマイナスのメッセージを発しているに等しい。その結果として、日本の中枢の部分でモラルが壊れつつあるのだと思います」
 虐待を受けて育った若者たちを描いた『永遠の仔(こ)』を出した後、「傷を受けながら懸命に生きる人たちのために表現する作家になる」と決意した。本作でも、親しい人が亡くなったのに自分が生き残ってしまったという罪悪感を抱えて苦しむ被災者の心情が、寄り添うように描かれる。
 「僕はいつも『もっと違う表現があるのではないか』と、縦横に張り巡らせた複雑な物語の流れなどを大事にしてきた。でも今回は一本のストーリーラインで、海に潜るように人間の心の奥底から豊かなものを拾い上げればいいと思った。この作品で、自分が新しい局面に達することができたという強い感覚を得ています」
 文芸春秋・一六二〇円。 (石井敬)
    −−「【書く人】人の心の奥底に潜る 『ムーンナイト・ダイバー』作家・天童荒太さん(55)」、『朝日新聞』2016年01月24日(日)付。

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