覚え書:「今週の本棚・本と人『ロゴスの市』 著者・乙川優三郎さん」、『毎日新聞』2016年1月24日(日)付。

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今週の本棚・本と人
『ロゴスの市』 著者・乙川優三郎さん

毎日新聞2016年1月24日 東京朝刊


 (徳間書店・1620円)

言葉と格闘する大人の小説 乙川優三郎(おとかわ・ゆうざぶろう)さん

 『五年の梅』(山本周五郎賞)『生きる』(直木賞)など、時代小説を書いてきた作家が、最近、現代小説にカジを切った。本書も昭和55(1980)年の学生時代から書き起こし、ひと組の男女のすれ違う愛の形と人生を描き出す。

 太平洋戦争後を背景にした『脊梁(せきりょう)山脈』(2013年)以来、『トワイライト・シャッフル』(14年)『太陽は気を失う』(15年)と現代を舞台にした短編集を発表したのに続く長編小説だ。現代に目を向けたのは、「作家として自分の生きている時代を書きたくなったため」。「器用ではないから」、掛け持ちで執筆できない。「現代小説でいいものを書きたいという思いが強い」。だから、今は現代小説に集中している。

 この小説、何が驚くといって文章の端正さだ。もともと時代小説でも端正さには定評があった。無駄な文章が一行もないように粘り、単行本はコンパクトだった。それにまた一段と磨きがかかっている。

 文章を磨かないといけないと気づき、『かづら野』(01年)の書き下ろしで文体を直した。「一行についてずっと考えていると、いつか答えが出てくる。その繰り返しで今の文体に近づいて来たと思う」。一行が気になると、そこから先へは進めない。3日考え込んでしまうこともあるそうだ。

 研ぎ澄まされているのに、ふくよかさを感じる。「情景も心情もいくらでも書ける。そうではなくて、その時伝わればいいことだけを言い尽くせばいいのだとわかったんです」。あまり見かけなくなった「弁当を使う」「半畳を入れる」といった言葉に彩られ、こくのある世界が展開する。つい文章を口ずさみたくなる。

 さて、主人公は翻訳家になった男と、同時通訳として活躍する女。「作家と違うところで複雑な言葉と闘っている人たちを題材にすることで、日本語の特性や、自分の文章が見えてくるかもしれない」と、彼らの職業を選んだ理由を語る。『ロゴス(言葉、意味、思想)の市』というタイトル通り、言葉や生き方に真摯(しんし)に向き合った大人の小説となった。

 装丁にもアイデアを出した。海外の本のようなおしゃれさ。時代小説でやり切れなかったことを、貪欲に目指す。<文と写真・内藤麻里子>
    −−「今週の本棚・本と人『ロゴスの市』 著者・乙川優三郎さん」、『毎日新聞』2016年1月24日(日)付。

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今週の本棚・本と人:『ロゴスの市』 著者・乙川優三郎さん - 毎日新聞



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