覚え書:「書評:モナドの領域 筒井康隆 著」、『東京新聞』2016年01月24日(日)付。
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◆思想と格闘して集大成
[評者]千街晶之=文芸評論家
「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」とは、新作『モナドの領域』の帯に著者自ら寄せたキャッチコピーだ。本書を凌駕(りょうが)する傑作を著者は過去に幾つも執筆していると思うし、これが「最後の長篇」となるかどうかも現状では不明だけれども、少なくとも本書が、著者の長い筆歴の集大成と言える内容なのは確かだ。
ある街で女の片腕と片足が発見された。一方、商店街のパン屋では、アルバイトをしている美大の学生が女の片腕を象(かたど)った妙にリアルなパンを焼き、評判を呼ぶ。バラバラ事件と学生が作ったパンの類似を知った警部は現物を確認し、あまりにそっくりなことに絶句したが、事態は思わぬ方向へと発展する。美大の教授がまるで全能の神のように人々の秘密を指摘するようになったのだ。教授曰(いわ)く、「この世界のどこにでもいて、この世界の何でも知っている」存在が教授のからだを借りて発言しているというのだ。
バラバラ死体の発見とその捜査という警察小説風の発端からスタートするものの、やがて教授が全知全能の「GOD」として振る舞うようになると、本書は思弁小説としての正体を明らかにする。まずは公園に集まった群衆の問いに答え、そこである事件を起こした後は法廷の被告人として検察官や弁護士を相手取り、さらにテレビ番組で哲学者や評論家の質問を受け付ける…という展開の中で、本書はGOD対人間たちのディスカッション小説と化してゆくのだが、これは神という存在を借りて、著者自身がどこまでニュートラルな立場であらゆる思想や宗教に相対することが可能かという試みなのだろう。集大成と記したのはそういう意味合いにおいてだが、過去の自らの作品群のテーマをいろいろ織り込みながら、難解な形而上的議論をすらすら読ませる筆力は驚くべきものだ。著者はこれが遺作になってもいいという意気込みなのだろうが、今なおこれだけ書けるなら次作も期待したくなる。
(新潮社・1512円)
<つつい・やすたか> 1934年生まれ。作家。著書『虚人たち』『聖痕』など。
◆もう1冊
筒井康隆著『東海道戦争』(中公文庫)。自衛隊をはじめ市民兵が参加する東京と大阪の戦争を描いた表題作を含む著者初の作品集。
−−「書評:モナドの領域 筒井康隆 著」、『東京新聞』2016年01月24日(日)付。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2016012402000168.html