覚え書:「今週の本棚・新刊 川本三郎・評 『パリ・レヴュー・インタヴュー…』=青山南・編訳」、『毎日新聞』2016年1月31日(日)付。

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今週の本棚
川本三郎・評 『パリ・レヴュー・インタヴュー…』=青山南・編訳

毎日新聞2016年1月31日 東京朝刊
 
『パリ・レヴュー・インタヴュー1/2 作家はどうやって小説を書くのか、じっくり/たっぷり聞いてみよう!』

 (岩波書店・各3456円)

世界の大作家22人が語る日常

 作家を知るには、作品を読むのがいちばんいい。しかし、時には、その書斎を覗(のぞ)いてみたくなる。日々の暮しを知りたくなる。作家になる前に何をしていたかを聞きたくなる。

 ヘミングウェイカポーティボルヘス、ケルアック、ヴォネガット、カーヴァー……現代文学を支えてきた二十二人の作家が、縦横に自分の文学を、暮しを語る。作品に劣らず面白く、小さな自伝、日記のよう。

 アメリカの代表的文芸誌『パリ・レヴュー』に載ったインタビューから青山南さんが、お気に入りの作家を選んで訳出した。

 古くは『アフリカの日々』で知られるイサク・ディネセンから、新しい作家は『悪魔の詩』でホメイニによって「死刑」を宣告されたサルマン・ラシュディまで。

 まず滅法(めっぽう)面白いのは『オン・ザ・ロード』のケルアック。このビート派作家は意外や禅や俳句に興味を持ち、インタヴュー中に英文俳句を作ってみせる。始めに長めの文章を作り、そのあとインタヴュアと一緒に無駄な言葉を削り、英文俳句に仕上げてゆく。

 カート・ヴォネガットの話は痛ましい。若き日、第二次世界大戦に従軍し、ドイツ軍の捕虜になった。ドレスデンにいた時、米軍の爆撃に遭った。一夜にして十三万人が死んだ。虐殺だった。

 ドイツ人は多くの遺体を焼くためにやむなく火炎放射器を使った。「なかなか見られないべらぼうな風景さ、ぶったまげるよ」。悲劇を伝法に語る。諧謔(かいぎゃく)の作家らしい。

 青山南さんは作家の個性によって文体を変えたり、主語を変えたりと工夫をしている。ヘミングウェイは「わたし」、アーヴィングは「ぼく」、ケルアックは「おれ」。女性では品のいいディネセンが「わたし」なのに対し、毒舌のドロシー・パーカーは「あ(、)たし」。ゲイのカポーティは「子どもの頃は、ぼくは田舎にいたの」と女言葉になる。

 文学論もさることながら、どんな部屋で、何時頃から書き始めるのかといった細部の話が読ませる。

 ヘミングウェイは立ったまま書く。ポール・ボウルズはベッドで書く。ガルシア=マルケスは自分の家以外では落着いて書けないと言う。

 意外と第一稿は鉛筆で書く作家が多い。カーヴァー、ボウルズ、それにスーザン・ソンタグヘミングウェイは言う。「No.2(日本のHB)の鉛筆を七本磨(す)り減らせたら、一日の仕事として上等だ」。トニ・モリスンの机の上には、ガラスのティーカップがあり、そこにはNo.2の鉛筆がぎっしり入っている。

 作家は、夜中に仕事をしていると思いきや朝型が多い。カーヴァーは朝が好きと言う。トニ・モリスンは朝の五時頃起きて、まずコーヒーを飲み、それから書き始める。ヘミングウェイは「毎朝、明るくなったらできうるかぎり早く書きはじめるようにしている」。作家にとって朝は恩寵(おんちょう)のようだ。

 作家は孤独でなければならない。一人になれる場所、そして一人でいられる時間が大事になる。ラシュディは言う。作家の日常は決して派手ではない。「毎日何時間も、ひとりで部屋にすわってる」

 傑作を書いた作家はみんな勤勉。そして健康に留意する。ガルシア=マルケスは言う。「文学の創造には健康が必須だね」

 こんな箇所もいい。

 ローマのレストランでインタヴューを終えたイサク・ディネセンが、夜空を見て言う。

 「あら、月が素敵(すてき)!」
    −−「今週の本棚・新刊 川本三郎・評 『パリ・レヴュー・インタヴュー…』=青山南・編訳」、『毎日新聞』2016年1月31日(日)付。

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