覚え書:「メディア時評:お国自慢と記憶の捏造=文筆家・立教大特任教授、平川克美」、『毎日新聞』2016年02月06日(土)付。

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メディア時評
お国自慢と記憶の捏造=文筆家・立教大特任教授、平川克美

毎日新聞2016年2月6日 東京朝刊
 
 他人の欠点はよく見えるが自分の欠点は目に入らない。それが集団的な排外的思想や尊大な自国礼賛に結びつけば、厄介なナショナリズムへと発展する。

 1980年代後半のバブル期、パリやニューヨークの高級品店で、爆買いする日本人の姿は、珍しくはなかった。私自身、空港で手に持てないほどの高級品を買いあさる一団を目撃して、その旺盛なエネルギーとマナーの悪さに驚愕(きょうがく)した。中国人の爆買いを揶揄(やゆ)し誹謗(ひぼう)するものは、それが少し前の自分たちの姿だったことを忘れている。最近の日本人は道徳意識が希薄になり、犯罪も増加の一途をたどっているという慨嘆も、データを調べてみれば、捏造(ねつぞう)された記憶であることがすぐに分かる。

 安倍晋三首相は、「日本を取り戻す」をスローガンに掲げているが、どの時代のどんな日本を取り戻したいのかは判然としない。彼は、著書「美しい国へ」で、日本人のモラルの低下を問題視しているが、具体的な根拠はあいまいだ。文部科学省も、道徳教育を推進するプロジェクトを進めており、総じて日本の「良き伝統」への回帰を目指しているように見える。

 1月25日の毎日新聞夕刊は、「特集ワイド」で、この「良き伝統」なるものの正体を暴く試みであった。専門家の調査や、データを積み重ねて、「良き伝統」が実は比較的新しいものであることを立証している。選択的夫婦別姓制度の是非をめぐる問題では、反対派は「同姓が日本の伝統」だと主張するが、同姓は明治中期以降の新しい制度であり、明治中期までは別姓が基本だった。日本の駅では当たり前の「整列乗車」が生まれたのも、戦後になってからだと、「営団地下鉄五十年史」は伝えている。モラルの低下に関しても、人口10万人当たりの殺人事件の発生件数が戦前・戦中の1・25〜4・14に対して2014年のそれは0・83であり、治安が悪化しているという思い込みを否定している。時代が感情に流されるときこそ、こういう冷静で、実証的な記事が必要だ。

 司馬遼太郎は、著書(「『昭和』という国家」NHKブックス)の中でこんなことを言っている。「愛国心ナショナリズムとも違います。ナショナリズムはお国自慢であり、村自慢であり、家自慢であり、親戚自慢であり、自分自慢です。これは、人間の感情としてはあまり上等な感情ではありません」。自分を客観的に見ることができて、ひとも国も大人になるのである。(東京本社発行紙面を基に論評)
    −−「メディア時評:お国自慢と記憶の捏造=文筆家・立教大特任教授、平川克美」、『毎日新聞』2016年02月06日(土)付。

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