覚え書:「今週の本棚・この3冊 ジャーナリズム 斎藤貴男・選」、『毎日新聞』2016年2月14日(日)付。

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今週の本棚・この3冊
ジャーナリズム 斎藤貴男・選

毎日新聞2016年2月14日 東京朝刊
 
 (1)ルポライター入門−−取材の仕方から書き方まで(青地晨編著/みき書房/品切れ)

 (2)くたばれGNP−−高度経済成長の内幕(朝日新聞経済部編/朝日新聞社/品切れ)

 (3)ジャーナリズムは再生できるか−−激変する英国メディァ(門奈直樹著/岩波書店/2592円)

 「浪花節的にきこえるかもしれないが、『強きを挫(くじ)き、弱きを助ける』というのがルポライターの根本的な立場じゃないか」

 冤罪(えんざい)事件の著作で知られた青地晨(しん)さんが語っていた。『ルポライター入門』の巻末企画、松浦総三井出孫六の各氏ら豪華メンバーによる座談会。三十数年も前、記者になったかならぬかの頃に貪(むさぼ)り読んだ本だが、当時は「インタビューの作法」とか「文献の蒐集(しゅうしゅう)と読み方」などといった実用パートにばかり目が行っていた。

 本稿を書くのに読み返して、「そう言えば」と思い出した。振り返ってみれば、青地さんの言葉が、知らず知らずのうちに、私の心の拠(よ)り所になっていたのかもしれない。

 『くたばれGNP』は、1970年代前半の流行語の元になった新聞連載をまとめた一冊だ。経済成長こそが絶対の正義とされた時代に敢(あ)えて異を唱える表現がカッコイイと、まだ少年だった私は感じていた。

 本は数年前に古書店で発見し、これが経済部記者たちの仕事だったと知って感激した。大企業の価値観に染まりやすく、実際、そうなれないと辛(つら)いポジションなのに、なるほど彼らのロジックを十分に理解した上で矛盾を追及できれば最強だ。言うは易(やす)く行うは難しの見本のごとき困難と格闘した大先輩たちに頭が下がる。

 ところで来春の消費税再増税における新聞への“軽減税率”適用が決まったとか。「民主主義や活字文化を支える重要な公共財」を自称する業界の主張自体には異存がないが、『ジャーナリズムは再生できるか』を読むと、あまり軽々しく用いてよい形容ではないとわかる。この論法の元祖とされる英国では、18世紀初頭に新聞の影響力に危機感を抱く政府が断行した“知識への課税”を、市民社会が150年近い歳月をかけて廃止させ、その後の消費税(欧州では「付加価値税」。「消費税」はこの税制の本質を誤解させる恣意(しい)的なネーミング)においても新聞の軽減税率を勝ち取った。読者が何も言ってくれないのに、業界挙げて自民党税調に陳情した日本とは天と地ほどの差があるのである。

 オネダリには相応の見返りを要求されるのが世の習いだ。新聞が“権力のチェック機能”としての存在意義を放棄した時にこそ民主主義は終わる。失われかけている信頼を取り戻すためには、記者の一人ひとりが青地さんの至言をわがものとしていくしかない。
    −−「今週の本棚・この3冊 ジャーナリズム 斎藤貴男・選」、『毎日新聞』2016年2月14日(日)付。

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