覚え書:「今週の本棚・佐藤優・評 『この国の冷たさの正体−一億総「自己責任」時代を生き抜く』=和田秀樹・著」、『毎日新聞』2016年02月14日(日)付。

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今週の本棚
佐藤優・評 『この国の冷たさの正体−一億総「自己責任」時代を生き抜く』=和田秀樹・著

毎日新聞2016年2月14日 東京朝刊

心に余裕を持って、自他に優しく

 生活保護受給者へのバッシング、大量の自殺者、うつ病や依存症に罹患(りかん)する社会人の増大など、現在の日本はさまざまな社会問題をかかえている。ここで顕著なのは、経済的弱者や競争社会からの脱落者に対する対応が、諸外国と比較して非常に冷たいことだ。この傾向をテレビが加速している。現状を詳細に分析した上で、和田秀樹氏は、その原因が、米国流の自己責任論にあるという。責任回避をしやすい傾向の文化にある米国だから、あえて自己責任論を導入する必要があったという和田氏の指摘は鋭い。共同体意識が強い日本に自己責任論を人為的に持ち込み、その結果、社会が内側から解体されてしまったために、この国の人々が冷たくなってしまったのである。このままの状態が続くと日本社会は、ますます弱くなると和田氏は警鐘を鳴らす。特に危機的なのが教育分野だ。

 <日本は福祉水準が低い国で、失業保険や生活保護も諸外国と比べると充実していない国です。教育分野はとくに手薄で、消費税20%を導入しているヨーロッパ諸国は教育費用が無料だったり、共働き家族のために24時間預けられる保育所が地域ぐるみで無料で設置されていたりするのに対し、日本には子どもを育てたり、働けなくなってからの制度が充実していません。それでも成り立ってきたのは、高度成長期に大企業を中心として福祉に力を入れていたからなのです。/子どもの教育費がかかっても、それは企業が年功序列という賃金体系をつくることで賄っていたわけです。年功序列をやめて、フラットな賃金体系にするのであったら、当然、教育費などは国が持つ必要が出てきます。ところが、自己責任の名のもとに国はその義務を負おうとはしません>

 この指摘の通りだ。本書の特徴は、ただ現状を分析するだけでなく、和田氏が具体的な提言を行っていることだ。教育についても、国家による教育予算の増大、奨学金制度の充実など、誰もが述べていることだけでなく、いじめ対策への警察の活用、競争原理強化によるエリートの育成の必要性を説く。賛否については、さまざまな意見があろうが、筋の通った提言であることは確かだ。

 和田氏は、人間存在の原点に立ち返って考えることを勧める。

 <私たちが自分でできる戸籍関係手続きは、婚姻届と離婚届だけです。/死亡届も出生届も、自分では出せません。/考えてみれば、人間は生まれてから死ぬまで人の助けが必要です。「迷惑」をかけてばかりなのです。/(中略)私は、人間は生きてるだけで「迷惑」の塊だと気づくことが大事だと思います。/誰かに迷惑をかけているんじゃないかと必要以上に自分を責めたり、「国に迷惑をかけた」と鬼の首を取ったように誰かを糾弾する。そういう人には、私はこう言いたいと思います。/迷惑をかけないことは立派なことでもなく、正義でもないのです>

 評者も和田氏の見解に全面的に同意する。「迷惑」をかけ、そして「迷惑」をかけられて、私たちは生きているのである。日本は、「迷惑をかけあう共同体」なのだ。この現実を認識すれば、日本人ひとりひとりがもう少し心に余裕を持って、自分に対しても、他者に対しても優しくなることができる。

 本書は優れた教育書だ。中学生にも十分理解できるわかりやすい表現で書かれている。教育関係者、中学校・高校の生徒、大学生と大学院生、そして学齢期の子どもを持つ親に是非、読んでもらいたい。
    −−「今週の本棚・佐藤優・評 『この国の冷たさの正体−一億総「自己責任」時代を生き抜く』=和田秀樹・著」、『毎日新聞』2016年02月14日(日)付。

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今週の本棚:佐藤優・評 『この国の冷たさの正体−一億総「自己責任」時代を生き抜く』=和田秀樹・著 - 毎日新聞


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