覚え書:「書評:消滅世界 村田沙耶香 著」、『東京新聞』2016年02月14日(日)付。

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消滅世界 村田沙耶香 著

2016年2月14日


◆人間くささを離れた極限
[評者]千石英世=文芸評論家
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 若者の新聞離れや雑誌離れが話題にされ、さらにはクルマ離れやCD離れも当然のように語られているこの国のいま、しかしその果ては、若者の恋愛離れ、若者のセックス離れにまでいたるという。二十世紀後半に熱く語られた性革命とは裏腹に、いま二十一世紀のこの国に、冷え冷えと広がって行くのは性の反革命ともいえそうな事態にほかならぬ。むろんこれは時代を面白おかしくあげつらおうとして、ためにする爛(ただ)れた誇張であるにすぎない。だが、その爛れのおくに一抹の真実味が黒々と底光りしているのも事実なのではないか。
 本作が描くのは、一切の無駄が排除された、白紙のごとき恐怖の清潔世界だ。SFマンガが得意とする世界観を展開しているともいえるのだが、そんなマンガ世界をはるかに凌駕(りょうが)する繊細な言葉の展開がある。恐怖にポエジーが宿るのだ。
 「消滅世界」とは、世界消滅後の世界の意味だろう。狂気という透明な一枚岩に完封されて、すべてが正常で清潔で、だがその清潔な正常が狂気にそまった世界。
 ヒトを相手の恋愛はすたれ、性愛もすたれ、恋もすたれ、愛もすたれた。汗くさい、涙くさい、垢(あか)くさい、鼻水くさい、つまり、ださくさい人間的なもろもろからヒトは解放されて、ひたすらアニメの主人公に依存する。ヒトの性も二次元の「キャラ」が相手なのだ。つまり、すべてが自慰として遂行される世界。といえば、SF小説ではなく、いまを描く写実小説ではないかという感想が出るかもしれない。
 だが、そこがポエジーなのだ。生殖はすべて人工授精である。ジェンダー革命も成就されて、男はイクメンどころか妊娠可能なのだ。腹に睾丸(こうがん)状の肉袋を移植して中に受精卵を置くのだという。この時代のこの国の深奥で不気味な現象が進行している。それを極限まで追求し、白日のもとに剔抉(てっけつ)したのが本作だ。
河出書房新社・1728円)
 <むらた・さやか> 1979年生まれ。作家。著書『ハコブネ』『殺人出産』など。
◆もう1冊 
 村田沙耶香著『しろいろの街の、その骨の体温の』(朝日文庫)。小学生から中学生に成長していく女子を主人公にした三島賞受賞作。
    −−「書評:消滅世界 村田沙耶香 著」、『東京新聞』2016年02月14日(日)付。

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消滅世界
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