覚え書:「今週の本棚:海部宣男・評 『生物はなぜ誕生したのか…』=ピーター・ウォード、ジョゼフ・カーシュヴィンク著」、『毎日新聞』2016年2月28日(日)付。

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今週の本棚
海部宣男・評 『生物はなぜ誕生したのか…』=ピーター・ウォード、ジョゼフ・カーシュヴィンク著

毎日新聞2016年2月28日 東京朝刊


『生物はなぜ誕生したのか−生命の起源と進化の最新科学』

 (河出書房新社・2376円)

姿をあらわす地球大変動と大絶滅

 イギリスの古生物学者リチャード・フォーティが、地球生物進化の壮大な通史『生命40億年全史』を書いたのは、一九九七年。二〇〇三年の邦訳を、私もこの欄でとりあげた。経験と広い視野、軽妙な語り口を武器に初の通史に挑んだベストセラーだ。

 二〇年後、アメリカで活躍する二人の地球科学者が本書を書いた。タイトルは、「新しい」をキーワードにしたという(原題はA NEW HISTORY OF LIFE)。むろん、フォーティを強く意識したからだ。つまり本書は、地球生命誕生の本ではない。生命進化史の最近の発展を提示する、新たな通史として書かれた。

 この間の大きな発展は、大絶滅の理解が進んだことだ。地球は何度も環境の激変を経験し、生物もたび重なる大絶滅に見舞われた。それらの出来事が、化石や地球史の新資料の発見、年代測定の高精度化などで結びついてきた。「生命の歴史が最も強い影響を受けてきたのは環境の激変」と、著者たちは断言する。

 生物大絶滅は五回が数えられるが、生物が大型化したカンブリア紀以後の化石記録から判明したもの。つまり、最近六億年弱の間に起きた絶滅でしかない。その前の三〇億年の間、地球生物は肉眼では見えない単細胞生物だった。二四億年前と七億年前の全球凍結(スノーボールアース)の時は全海面が厚さ一キロも凍ったから、太陽光を遮られた海の光合成微生物は、死滅するしかなかった。化石に残らなかった大絶滅も、何回もあったということである。

 大絶滅は新しい広大なニッチを生み出して地球生物全体で見れば進化の原動力になったが、かんじんの大絶滅の原因追究はなかなか困難だった。だが、いまやその理解も進んだ。著者の一人ウォードは、酸素濃度の変動が大絶滅の大きな要因だったとの論陣を張ってきた。大気中の酸素は、生物が光合成で生み出す。かたやカーシュヴィンクは、「全球凍結事件」の発見者である。大絶滅を語るには最強の組み合わせだ。当然本書では、各時期の変動や絶滅、その後の進化についてページが割かれる。そうした中で、過去の大変動とそれに伴う生物進化の飛躍が姿を現してくるのが読みどころだ。

 例として、全球凍結と地球大気の酸素濃度変動との深−い関係を見てみよう。

 二四億年前の全球凍結の直前、酸素濃度が急上昇した。光合成微生物である藍藻(らんそう)類のしわざである。炭酸ガス濃度は急低下し、寒冷化が全球凍結への引き金を引いた。つまり全球凍結は、生物が起こしたことになる。

 一億年続いた全球凍結が終わると、低下していた酸素濃度がまた急上昇した。世界中が温かくなって氷河が岩を削り、大規模な浸食で微生物の栄養となる大量の塩類が海に流入。そこで、火山地帯で生き残っていた微生物が大繁殖したのである。光合成で跳ね上がった酸素濃度は、生物の進化に拍車をかけた。

 その結果、二四億年前の全球凍結後に、酸素を消費する大型の真核細胞(多細胞生物の基礎)が登場。七億年前の全球凍結後も酸素濃度が上ってエディアカラ生物群が登場し、続いて、動物の祖先系が一斉に現れるカンブリアの進化爆発が起きた。

 大した説得力である。恐竜についても、「酸素」をキーワードとした議論は圧倒的だ。もちろん原因不明の大絶滅もあるし、勇敢な推論も時にあやふやになる。だが著者たちが「新しい解釈を提示することに力を注いだ」と言うように、あやふやさこそ今後の解明への一里塚。そんなところも、この本の魅力だろう。(梶山あゆみ訳)
    −−「今週の本棚:海部宣男・評 『生物はなぜ誕生したのか…』=ピーター・ウォード、ジョゼフ・カーシュヴィンク著」、『毎日新聞』2016年2月28日(日)付。

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今週の本棚:海部宣男・評 『生物はなぜ誕生したのか…』=ピーター・ウォード、ジョゼフ・カーシュヴィンク著 - 毎日新聞








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生物はなぜ誕生したのか:生命の起源と進化の最新科学
ピーター・ウォード ジョゼフ・カーシュヴィンク
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