覚え書:「書評:大変を生きる 日本の災害と文学 小山鉄郎 著」、『朝日新聞』2016年02月28日(日)付。

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大変を生きる 日本の災害と文学 小山鉄郎 著

2016年2月28日

◆非常に備える知恵を学ぶ
[評者]出久根達郎=作家
 二○○八年二月、日本ペンクラブは「災害と文化」と題するイベントを催した。ノーベル賞作家・莫言(ばくげん)の「秋の水」をはじめ、インドネシアサモア、イラン、日本の災害を描いた小説、エッセイ、詩歌を朗読や劇などで四日間にわたり紹介した。珍しいテーマと企画だったので、評判を呼んだ。
 本書は、「日本の災害と文学」に限定されているが、それでもこれまでこのような「災害文学史」というものが、ふしぎになかった。本書は未開の地にクワを入れたのである。
 功績はそれだけではない。たとえば、明治二十九(一八九六)年と昭和八(一九三三)年の三陸地震津波記録文学といえば、誰もが吉村昭の作品を挙げる。また昭和十三年の阪神大水害といえば、谷崎潤一郎の大作『細雪』の描写を思い浮かべる。地震や天変地異というなら、鴨長明の『方丈記』である。いわば災害文学の定番である。
 本書は定番だけでなく、意外な作品を紹介する。幸田文の『きもの』などは、教えられなかったら関東大震災を描いた長篇と全くわからないだろう。それどころか防災の知恵がふんだんにちりばめられた「役に立つ」文学とは。
 十代の主人公るつ子は、地震後、祖母と避難する。祖母は米や財布や水筒やぬれタオルを入れた風呂敷包みを、二つ作る。一つずつ持つのだ。るつ子はこんなものあたし一人で持てる。どうして二つの荷にするのと不満をぶつける。祖母が答える。「はぐれることを考えないといけない。非常の際は一人を元にして考えなくては」。祖母はまた、両手をあけておけ、と荷を背負わせる。「手をあけていなければ、手が手の役をしない。つかまるも助けるもできないよ」と言う。
 災害の恐ろしさを伝えるのではなく、どのように対処したらよいか、文学から学ぼうではないか、というのが著者の姿勢なのである。
 その意味で文化学院創立者西村伊作の項などは、興味深い。
(作品社・2808円)
 <こやま・てつろう> 共同通信編集委員。著書『村上春樹を読みつくす』など。
◆もう1冊
 川村湊著『震災・原発文学論』(インパクト出版会)。3・11の災害に関する作品を読み解き、原子力を描いた昨今の文芸書を紹介。
    −−「書評:大変を生きる 日本の災害と文学 小山鉄郎 著」、『朝日新聞』2016年02月28日(日)付。

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大変を生きる——日本の災害と文学
小山 鉄郎
作品社
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