覚え書:「論点 大震災5年 『集中復興』の評価と課題」、『毎日新聞』2016年03月11日(金)付。

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論点
大震災5年 「集中復興」の評価と課題

毎日新聞2016年3月11日 東京朝刊

塩崎賢明・立命館大教授
 東日本大震災原発事故から5年が経過した。政府が位置付けた10年の復興期間の前半「集中復興」段階は今年度末で終わり、新たなステージ、「復興・創生」の後半5年に入る。この間、被災者の生活再建や産業の再興など、被災地の復興は進んだのか。今後の課題は何か。震災以後、それぞれの立場で関わってきた3氏に論じてもらった。

生活再建置き去りに 塩崎賢明・立命館大教授

 東日本大震災復興構想会議の初会合で「創造的復興」が掲げられたのは、震災から1カ月後、メンバーが被災地を視察する前のことだ。元々は阪神大震災で使われた。言葉の理念はすばらしい。だが阪神で行われたのは、「赤字の星」になろうとしている神戸空港の建設など、被災者の生活再建とは直結しない巨大開発事業だった。約16兆円の巨費が復興事業名目に投じられたなか、復興自体に振り向けられたのは多く見積もっても11兆円。結果、被災地は復興したのか。甚大な被害に見舞われた神戸市長田区を訪れれば明白だ。21年たっても生活再建できない被災者の姿を目の当たりにするだろう。

 阪神大震災がそうであったように、東日本大震災でもまた、被災者の生活再建は置き去りにされている。本格的に復興に振り向けられた2011年度第3次補正予算について、NHKと協力して分析したことがある。総額約9兆2000億円のうち約2兆円が全国防災対策の名目で建物の耐震化や下水道整備などに回されていた。耐震化は前々から指摘されており、今回の教訓ではない。復興予算が投じられるのはおかしい。

 どうして野放図な予算執行が行われるのか。出発点は復興構想会議が11年5月にぶち上げた「復興構想7原則」である。そこに「被災者」という言葉はない。象徴的なのは「被災地域の復興なくして日本経済の再生はない。日本経済の再生なくして被災地域の真の復興はない」というフレーズだ。復興の目的は被災者の生活再建ではなく、「日本再生」にすり替わった。当時、「コンクリートから人へ」が叫ばれ、公共事業は削減の方向にあった。復活は財界の悲願であり、そこに「復興」が利用された印象を持つ。補助金名目で企業にもカネが流れているのも疑問だ。

 昨年度までに支出された復興予算は約24兆円だが、そのうち被災者支援は約1兆8000億円だ。被災者生活再建支援金は最高で300万円。予算の大半は大型の公共事業や「日本再生」に流れており、いまも避難している人が17万人以上もいる。それだけみても本末転倒な事態が進行している。

 被災地では高台移転や巨大防潮堤、災害公営住宅の建設などが進められている。山が切り崩され高台に小規模のニュータウンがつくられる。<計画の何割が完了した>という行政の説明はわかりやすい。しかし、造成すれば「まち」が復興するわけでない。そこに被災者が家を建てれば数千万円がかかる。一方で、取り壊しが始まっている仮設住宅には1戸当たり700万円が投じられている。防潮堤のコンクリートは100年ももたないだろうし、人が住まない地域にしておいて巨大防潮堤がいるのだろうか。とにかくちぐはぐだ。

 いまは東北の復興に取り組まなければならないと同時に、次の災害への備えも必要だ。南海トラフ地震や首都直下地震も高い確率で予想される。火山対策は喫緊の課題。日本は戦争のリスクよりも災害のそれの方がはるかに高い。復興庁は21年に廃される。場当たり的ではなく、「防災・復興省」といった常設組織の創設が急務だ。【聞き手・隈元浩彦】

最大の教訓は事前防災 藻谷浩介・日本総合研究所主席研究員


藻谷浩介・日本総合研究所主席研究員
 東日本大震災の最も重要な教訓は、必ず来る次の大災害に事前に備えておくべきだということだ。南海トラフ地震や、首都直下型地震などに対しきちんと対策を取らなければ、今回の震災で亡くなった尊い命が浮かばれない。だが、残念ながら、東北の被災を人ごとと感じる国民がまだまだ多い。

 今回の復興では「高台移転」が「かさ上げ」に変わったことが疑問だ。復興構想会議検討部会で、私は津波の来ない高台への移転という言葉を持ち出した。というのも、岩手県陸前高田宮城県の女川、南三陸など、6、7割の地域では手ごろな高台が近隣にある。岩手の釜石などでは手ごろな高台はないが、津波の来なかった部分に空き家が多くあった。しかも震災前の人口予測でも、これらの地域の人口は今後数十年で半分から3分の1になっていく見通しだった。街を被災前の大きさで再建する必要はなく、コンパクトにして高台に移転すればいい。その方向が議論の主流だったはずだ。

 ところが、2012年末に自民党政権に代わり、いつの間にか次々にかさ上げが実施され始めた。かさ上げは、高台移転に比べて工事費がかかるし、どうしてもオーバースペック(過剰仕様)になる。公共投資の大盤振る舞いだ。

 検討部会では、被災地を三陸と仙台平野沿い、原発被災地の三つに分け、それぞれ別の処方箋を書くよう主張したが、どうしても三陸の話に議論が集中した。原発被災地については、収拾の見通しがついておらず、とりあえず議論から外すことになってしまった。

 とはいえ、震災が突きつけた最大の課題は、太平洋岸で南海トラフの正面に当たる場所の土地利用をどうするかだ。5分で津波が来る静岡県沿岸などが典型だ。

 これは、いま焦点になっている沖縄県の米軍普天間飛行場移転問題にも関係する。移転先の辺野古南海トラフにつながる琉球海溝の正面で、津波が起きれば直撃を受ける位置にある。この点の議論が聞こえてこないのはなぜか。

 今回の震災を教訓に、東京や大阪などの内湾沿岸も含め、全国で事前防災を整える必要があるのに、関心が被災地の復興に限定されていることには違和感がある。被災地の成功失敗を論じる前に、他地域でも事前防災をきちんとしなければ、震災復興は成功とはいえない。幸い、現代のテクノロジーで耐震補強した建物は震度6、7の地震で崩れなかった。津波が来ない所に、きちんとした建物を作っていけば日本は大丈夫なのだ。

 「創造的復興」にはもう一つ、人口減少をにらみ、外から若い人を入れて地域社会を創造的に作り変えるという面もある。女川は、多額の公費を使っての結果だが、かなりの成果を上げている。外から移り住み、ギターやせっけんを作るベンチャーを起業している人がいる。地元のボランティアが、海が見える尾根のハイキングコースを作り山の再生をしている。これらは震災をきっかけにした創造的復興だ。被災地には支援のために大勢の人が入っているが、居を定めた人も多い。そんな人たちがこれからの創造的復興を担っていくのだろう。【聞き手・冠木雅夫】

産業再生へと視野広げ 岡本全勝・復興庁事務次官


岡本全勝・復興庁事務次官=宮間俊樹撮影
 「国主導の復興だ」との指摘には異論がある。国が復興全体の方向性を示したのは確かで、復興事業の手法を提示し、被災自治体が憂いなく事業を進められるよう財源も用意した。だが、どこで、どのような街を復興させるかは、全て地域主導で決めていただいた。

 首相の諮問機関「震災復興構想会議」が2011年に提言した復興ビジョンをバイブルとして各省庁は復興事業に活用できる諸制度を用意した。だが、駅や商店街をどこにつくるのかも含め、地元の相談にまでは乗っても、決めはしなかった。今は地方分権の時代だ。

 我々が提示した復興手法を選べば事業費が100%国負担になるために、被災自治体がこぞってこれを選択し、復興の多様性が失われたとの指摘もある。だが、被災者の支援で手いっぱいだった自治体にオリジナルの復興手法まで求めるのは無い物ねだりだ。大半は今回のような被災の経験はなく、復興に必要な人員も、ノウハウも、財源も持ち合わせていなかった。

 復興には時間がかかってしまう。がれきが片付いても、大津波に襲われて危険な場所にそのまま住宅を再建してもらうわけにいかない。高台への集団移転も住民の意見集約が必要だ。被災規模も大きく、宅地を確保するため山を切り開いたり、土盛りしたりする大工事が発生する。

 復興事業には32兆円をかける予定だ。「被災者に数千万円ずつ渡し、都会で暮らしてもらった方が効率はいい」との考え方もあるようだ。だが、日本には「この地域で暮らしたい」という方には精いっぱいのことをする国柄がある。戦後、「国土の均衡ある発展」や「ナショナルミニマム」を掲げ、どこに住んでも、最低限の生活ができるよう国が支援してきたことの延長線上にある。最低限の支援をして個人責任にするアメリカとも、チェルノブイリ原発事故のときに住民を強制移住させた旧ソ連とも異なる価値観だ。

 福島は、原発事故から5年で避難指示区域の解除がこれほど進むとは思っていなかった。当初は何十年も人が住めないとさえ言われたのに、放射能濃度の自然減衰と除染が進んだ。避難している方々のさまざまな不安も理解している。ただ、地域に戻る住民が少ないと街は成り立たない。暮らしに欠かせない店舗や医療機関は一定規模の人口がないと、経営が立ちゆかない。福島に限らず、急減する被災地の人口をどれだけ元に戻せるかはコミュニティーと産業の再生にかかっている。

 行政の補助金や減税措置で大工場を誘致するようなことが難しい以上、地域の身の丈に合う産業を見いだすほかない。三陸沿岸なら水産業があり、後継ぎを見つけつつ、支援してくれる東京や仙台の取引先が要る。復興庁が仲人となり被災地と企業、NPOを結ぶ試みを始めた。民間の力が必要だ。大震災で復興庁が示した復興事業の哲学の変化は、国土の復旧という従来の一次元の考え方から、産業とコミュニティーの再生までをも手がける三次元に考えを広げたことだ。これは、過疎地の活性化のモデルにもなると確信している。【聞き手・竹内良和】

いまも17万人避難

 東日本大震災による避難者数は最大約47万人を数えた。いまも17万4471人(2月12日現在)の人たちが避難生活を強いられている。

 復興庁の集計(2月末とりまとめ)では、1万4466戸の災害公営住宅が完成し、計画に対する事業完了の割合を示す進捗(しんちょく)率は49%だった。また、高台移転の進捗率は32%、農地復旧の進捗率74%、漁港の回復の進捗率73%−−などとなっている。しかし、福島県の避難指示区域は含まれていない。

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 ■人物略歴

しおざき・よしみつ

 1947年生まれ。専攻は都市計画。神戸大名誉教授、兵庫県震災復興研究センター代表理事、日本住宅会議理事長。津波被害に見舞われた岩手県大船渡市の復興計画推進委員会委員長を務める。著書に「復興<災害>」など。

 ■人物略歴

もたに・こうすけ

 1964年生まれ。東京大法学部卒。米コロンビア大大学院でMBA取得。日本政策投資銀行参事役を経て2012年現職。政府の東日本大震災復興構想会議で検討部会委員を務めた。

 ■人物略歴

おかもと・まさかつ

 1955年生まれ。東京大法学部卒。78年旧自治省入省。総務省官房審議官だった2008年に麻生太郎首相(当時)の首相秘書官となった。東日本大震災復興対策本部事務局次長などを経て15年から現職。
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