日記:国家は素晴らしいとの発想に加えて「政府の言うことに反対するな」がこの国の「大人」の常識。だからこそ批判的対峙が必要なの

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話そかな、 1 話さない、前に出ない デモに参加、顔出しはNG
2016年4月29日

グラフィック・山本美雪
 ■「みる・きく・はなす」はいま

 「保育園落ちたの私だ」

 3月5日、そんな言葉が書かれた紙を手にした約30人が国会前に立った。

 東京都大田区の会社員倉橋あかねさん(52)は自分を実名でさらす覚悟で、前日昼に「国会に行く」とツイートした。「私も行く」。声は1日で広がった。

 衆院予算委員会で「保育園落ちた日本死ね!!!」と題した匿名ブログと、待機児童問題が議論されたのは2月29日。安倍晋三首相の「匿名である以上、実際にそれが本当かどうか」との答弁、議員席からは「ちゃんと本人を出せ」のやじ。

 倉橋さんはその動画を見て次男の保育園が見つからず苦労した「20年前の怒りが解凍された」という。

 匿名の誰か?

 「出て行ってやる」

 東京都品川区の30代男性も20代の妻、0歳の息子と国会前に立った。

 自分も妻も会社勤め。妻の育休明けに向けて申し込んだ二つの保育所に「落ちた」ばかりで、やじに怒りを抑えられなかった。

 政治は「どうせ変えられない」と思う一方、心のどこかで「高い税金を払っているのに」と感じていた。デモには「うるさいな」と否定的だったが、国会前では穏やかに談笑する人ばかりで安心した。

 ただ、「一緒に写真を撮りましょう」と言われると、心がざわついた。

 SNSに載る? 名前や顔は絶対に出したくない。インターネット上で攻撃され、会社に「どういうこと?」と聞かれるかも。辞めさせられる? 聞かれること自体が面倒ごとだ。

 写真は全て断った。

 自分も「顔が見える」会社や友だちの間で政治のことは話さない。出る杭をたたく人は、必ずいる。個人はさらけ出せない。

    *

 3月9日、子を抱く母親たちが塩崎恭久厚生労働相に、保育制度の充実を求める約2万7千人の署名を手渡した。メディアに映った彼女たちへの攻撃がネット上で始まった。服がブランド品だ、抱っこひもが高級だ――。

 「やっぱり」。5日に国会前に立った品川区の男性は思った。攻撃材料は何でもよく、声をあげる人へのねたみもあるんだろう。「それでも、みんな雰囲気におびえる。個人が前に出ること自体がよくない、日本の空気の本質でしょう。実名や顔は出せない」

 23日、衆院第2議員会館での待機児童問題の集会には約50人が集まった。マイクを握り、訴える母親をテレビカメラが映す。一方、その脇に「顔出しNG」の一角が指定された。映ることはできない人たちは、配慮されたその場所に固まり、うなずいていた。

    *

 安全保障関連法の議論が熱を帯び、各地でデモがあったこの1年。初めて声をあげた人の周囲にも「前に出ない方がいい」との空気がまとわりつく。

 あんたのところの嫁は狂っているのか――。

 関西地方の40代女性は昨夏、夫からそんな内容のメールを見せられた。差出人は自分の姉。心当たりはあった。

 2人の幼い娘がいる。「法律ができると、子どもたちの命が危うくなることが増えるのでは」と法案反対のデモに参加し始めたころで、自分が写った写真が新聞に載ったことがあった。

 「何がいいたいの」

 通信アプリのLINE(ライン)を通じて姉に問うた。

 「誰がみてもその変わりように安心はしてない」「40歳過ぎても心配されてる大人である事を認識した方がいい」と返ってきた。

 母も含めて家族みんなが心配している――そう言いたいんだと感じた。浮かんだ言葉は「身内の恥」。60代の母はテレビで「声をあげる若者」を見て「えらいなあ」と言う。でも、身内は許されないんだろう。

 姉との連絡は絶った。

 「自分がいたら変な空気になるかも」と、正月の親類の集まりには出なかった。

 1歳の娘がいる大阪府の20代女性も昨夏、報道を見て安保法案が気になった。「政治はえらい人がやるから間違いない」と思っていた。だが、集団的自衛権武力行使――そんな言葉を耳にするうち「知りたい」との思いが募り、新聞を読んだり憲法の勉強会に行ったりし始めた。

 法が成立したころ。昔からの友人ら5人で買い物をしていた時に、さりげなく「安保法ってあるやん」と話題をふってみた。自分のように気になる人はいるのでは、との思いだった。

 「難しいこと言うて」「政治のこと。すごいね」。笑って「スルー」された。どっちを言ったら正解なのか分からない「難しい」話は、友だち同士ではしない。暗黙のルールのようなものが確かにある。

 (伊藤宏樹、工藤隆治、佐藤卓史、沢木香織、平井良和、黄テツが担当します)

 ◆「みる・きく・はなす」はいま

 私はこう思う。そんな普通の言葉が、攻撃されたり、場を奪われたりして、発せなくなっていないでしょうか。29年前の5月3日、朝日新聞阪神支局で記者2人が殺傷されました。事件後に始めた企画の第41部では、「話そかな」と口を開こうとした人々が向きあう現実を、五つの話で描きます。まず、「話さない」社会の息苦しさから。
    ーー「話そかな、 1 話さない、前に出ない デモに参加、顔出しはNG」、『朝日新聞』2016年04月29日(金)付。

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(話そかな、:1)話さない、前に出ない デモに参加、顔出しはNG:朝日新聞デジタル



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