覚え書:「耕論:米国保守の混迷と日本 デビッド・ナカムラさん、渡辺靖さん」、『朝日新聞』2016年03月18日(金)付。
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耕論)米国保守の混迷と日本 デビッド・ナカムラさん、渡辺靖さん
2016年3月18日
コラージュ・山田英利子
米大統領選で、トランプ氏が共和党の大統領候補になることが現実味を増している。15日の予備選で独走態勢を固め、米国の共和党主流派には衝撃が広がっている。混迷する米国の保守はどこに向かうのか。日本への影響は。
■党に鋭い亀裂、迫られる変革 デビッド・ナカムラさん(米ワシントン・ポスト紙ホワイトハウス担当記者)
15日の共和党予備選で、トランプ氏が同党の大統領候補になる公算がさらに大きくなりました。
共和党の主流派にとって重いのは、(大票田の)フロリダ州で、地元の上院議員であるルビオ氏が敗北してしまったことです。ルビオ氏は主流派が望みをかけていた候補でした。その彼が地元で勝利できなかったことは、痛撃になりました。
共和党内では当初、どんなことがあってもトランプ氏が台頭することはないという見方が支配的でした。にもかかわらず彼が台頭してくると、「信じられない」という受け止めばかりが広がり、そうするうちにトランプ氏はさらに勢いを増しました。党内は、いまパニックに陥り始めています。
トランプ現象は、世界各国だけでなく、米国内でも驚きをもって受け止められています。ただ、この現象は、実は米国内で時間をかけて積み重ねられてきたもので、特にオバマ氏が2008年の大統領選で勝利して以降、その傾向が強まってきていました。
■兆候はあった
オバマ氏の勝利で、米国内の大部分は興奮に包まれましたが、2年後の中間選挙で躍進したのは、(共和党内の強硬派である)ティーパーティー(茶会)でした。茶会は、ワシントンとの協力を嫌い、妥協もしたくなく、あらゆる分野で小さな政府を志向していました。(党内で)それまでとは異なる極右の考え方が姿を現し始めていました。
共和党は移民政策や貿易政策、予算といった大きな政策テーマで、党内がまとまらなくなり、内部に鋭い亀裂が走っている兆候が出ていました。茶会は党内の少数派でしたが、妥協を頑固に拒否し、党リーダーのベイナー下院議長は、いらだちを募らせました。共和党は次第にまひ状態になり、ベイナー氏は、党内をまとめたり説得したりすることができないことに嫌気がさし、15年に辞任してしまいました。
その前年には(共和党下院のナンバー2だった)カンター議員が再選に向けた党内の予備選で、茶会系候補に敗北し、党指導部に衝撃が走りました。その候補は、反移民を訴え、既得権益(エスタブリッシュメント)に反対し、「共和党のリーダーであるカンター氏は、あなたたちのようなふつうの人たちには興味がないのだ」とばかり言っていました。いまのトランプ氏の主張にそっくりです。
トランプ氏は、こうした共和党内の亀裂に、それまでの誰よりも、より巧みに、そしてより攻撃的につけ込みました。彼は、「共和党指導部は、大企業のことや規制緩和、自由貿易推進のことしか考えていない」と不満を抱いている党内の人たちの怒りや恐怖感を利用したのです。たとえばこんなふうに言うのです。「連中はみんなのために働いていない。私を攻撃し、おとしめようとしているが、それが、私がみなさん普通の人々の味方という証拠だ」
■政策修正は必至
今回のトランプ現象で、大統領選での勝敗にかかわらず、共和党は変革を迫られるでしょう。トランプ氏を支持する層に直面しているという現実を考え、移民政策にせよ経済政策にせよ、共和党のメッセージをどの程度修正していくのかが問われることになります。いかにより多くのポピュリスト的な立場の人々に届くような主張を仕立てるか。難しい課題です。
トランプ氏は日本について、米日貿易にしても、米日同盟にしても、ネガティブな発言をしています。日本の台頭が米国にとって脅威だった1980年代のような見方です。ビジネスマンとして当時感じていた心理が残っているように見えます。もし彼が大統領になれば、安倍政権にとって重要な環太平洋経済連携協定(TPP)は脅威にさらされることになります。ただ、そうした点も究極的には、だれが彼のアドバイザーになるかにかかっていると思います。(聞き手・村上研志)
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David Nakamura 70年生まれ。94年入社。スポーツ担当を経て、11年から現職。父は日系、母はユダヤ系米国人。JETプログラムで、広島で英語を教えた経験がある。
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■内向き拍車、対米認識再考を 渡辺靖さん(慶応大学教授)
米国の保守を体現してきた共和党はどうなってしまうのでしょう。
基本的に米国の政党政治は1930年代から、フランクリン・ルーズベルト以来のニューディール体制で、民主党優位の時代が続きました。60年代に、このままではいけないと、共和党のゴールドウォーターが保守政党としての特色を打ち出し、80年に大統領に就任するレーガンの「保守革命」で結実。小さな政府や自由貿易を基調とする保守政党のアイデンティティーが確立しました。
ところが共和党の大統領候補レースで先頭を走るトランプ氏は、大きな政府を連想させる社会保障政策を口にし、自由貿易に反対する立場です。これまでの同党のスタンスと合致しません。トランプ氏は15日の予備選でも勝利を重ね、指名獲得に大きく前進しました。今後、共和党はどういうアイデンティティーを背負うのでしょう。保守政党ではなく「ポピュリスト政党」とでも呼ばれるのでしょうか。日本の政党政治を考える上でも非常に大事な視点です。
■縮小する中間層
世界を見ると、グローバル化の中で、絶対的な貧困層は減り、新興国では、中間所得層(ミドルクラス)が勃興しています。一方で、先進国ではミドルクラスは縮小しています。米国も例外ではなく、1971年には、上流と下流の合計よりも、中流が1・6倍も多かったのですが、2015年には、中流は全体の半分以下にまで減ってしまっています。
19世紀にフランスのトクヴィルが米国を訪れて驚いたのは、この国には分厚いミドルクラスがあり、国を動かしていることでした。それが米国の偉大な特徴であり、プライドの源泉だったのは間違いないでしょう。
ミドルクラスが縮小するということは、社会としての余裕がなくなるということです。寛容の精神が薄くなり、移民や特定の宗教を攻撃したり、弱者に矛先を向けたりする力学が強くなる。対外的には、内向きになって孤立主義的な傾向が強くなるのです。
没落した中間層の怒りが、ポピュリスト的な訴えに共鳴する。トランプ氏はぴったりはまっています。現代のアメリカ社会で、生まれるべくして生まれた構造の産物といえます。今回トランプ氏は本選で大統領にならないかもしれないし、共和党の大統領候補にもならない可能性もありますが、今後も似たような候補者が出たり、現象が起こったりし得るでしょう。
日米関係はどうなっていくのでしょう。これまでは共和党のアーミテージ元国務副長官、民主党のクリントン政権で国防次官補だったナイ・ハーバード大教授による「アーミテージ・ナイ・リポート」で分かるように、超党派の合意で進められてきました。ポピュリストの突き上げが出たときに、どこまで共有されるのでしょう。
無知に基づく一方的な批判であっても、「日本が不公正な貿易をやっている」とか、「日本は安全保障にただ乗りしている」といった発言を、何千万人という米国人に向けて、繰り返し語っている影響は無視できません。これまでの、限られた関係者によって運営されてきた日米関係とは違った力学が生まれ、次元の違う課題が突きつけられる可能性もあります。
■進む相互依存
米国は近年、「世界の警察官」であることをやめようとしており、トランプ氏の動きはそれに拍車をかけています。相互依存が進み、ますます米国だけで問題を解決できる世界ではなくなっている点から見れば、それはある意味で合理的で望ましいことです。
日本は「警察官」に頼るだけではいられなくなる時代が訪れつつあります。「諸悪の根源は米国だ」と批判さえしていればいい、という態度も通用しなくなります。米国の自己認識が変わる中、日本の対米認識、世界観についても再考し、アップデートしなければなりません。(聞き手・池田伸壹)
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わたなべやすし 67年生まれ。文化人類学・アメリカ研究専攻。著書に「沈まぬアメリカ」「アメリカのジレンマ」「アメリカン・デモクラシーの逆説」など。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S12263432.html