覚え書:「売れてる本 寛容論 [著]ヴォルテール [文]佐々木俊尚(ジャーナリスト)」、『朝日新聞』2016年03月06日(日)付。
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売れてる本
寛容論 [著]ヴォルテール
[文]佐々木俊尚(ジャーナリスト) [掲載]2016年03月06日
■否定や排除でなくまず議論
パリ同時多発テロ後のフランスでよく読まれているといい、日本でも話題になっている。仏国の啓蒙(けいもう)思想家が18世紀に書いた本。当時はカトリックとプロテスタントの宗教的対立が極度に先鋭化していた。その中でプロテスタントの男性が息子を殺したという冤罪(えんざい)で処刑される。著者は論陣を張り、運動を展開し、最終的に彼の再審無罪を勝ち取った。本書はその話を下敷きにしている。
宗教や思想を異にする他者にどう向き合うか。著者は普遍的な原理はただひとつであると説く。「自分にしてほしくないことは、自分もしてはならない」。つまり意見が違う者に対して、自分の意見を押しつけてはならないということだ。
この原理はシンプルだが、実行するのは困難だ。一神教を信仰する人が他の神を許容しないということは歴史上何度もくり返されてきたし、現在も中東での紛争で同じことが起きている。日本でも、政治的に異なる意見に対する心ない非難や中傷があちこちにあふれている。
相手に意見を押しつけられたら、どう対処すればいいのか? 同時に刃物を突きつけられたら? 異教徒に対し「私の宗教だけが幸せで、ほかのすべては不幸である」と伝え、それに「誰がそんな馬鹿げたことを言っているのか」と怒られたら「それはあなた方自身なのです」と答えざるをえないだろう、と説く。とはいえこのような対応は「なかなか骨が折れる」と著者自身も認めている。
ヴォルテールの精神を表した有名な言葉がある。「あなたの意見には反対だ。しかしあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」。相手を否定したり排除したりするのでなく、まず議論するという出発点の認識の重要さ。いまの日本の政治状況にこそ必要な考え方だと切に思う。
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中川信訳、中公文庫・761円=5刷2万1500部
−−「売れてる本 寛容論 [著]ヴォルテール [文]佐々木俊尚(ジャーナリスト)」、『朝日新聞』2016年03月06日(日)付。
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http://book.asahi.com/reviews/column/2016030900003.html