覚え書:「書評:仏像再興 牧野隆夫 著」、『東京新聞』2016年03月20日(日)付。

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仏像再興 牧野隆夫 著

2016年3月20日
 
◆宗教と文化をめぐる難問
[評者]立川武蔵国立民族学博物館名誉教授、インド学・仏教学
 日本では木彫の仏像が実に多く残っている。命を長らえる間に仏像たちは地震、廃寺などのさまざまな運命に出会い、自らの身体を傷める。それらの傷んだ仏像を人々はそれぞれの仕方で修理してきた。本書は、仏像の修復「再興」に取り組んできた「仏像の医療者」の多年にわたる記録である。その記録は、修復の技術的側面のみではなく、それぞれの仏像を取り巻いてきた歴史や社会を「再考」しようとする。
 近年、各寺院は収蔵庫あるいは宝物館を建て、その中に仏像などを収め、展示することが多くなった。著者は、仏像が本来あるべき場に置かれなくなったことに批判的だ。日本では、本来あるべき場を失って鑑賞物となった仏像に多くの人が押し寄せることがしばしばある。興福寺の阿修羅像の展示には途方もない数の人がおしかけた。「仏教そのものに関心をもたぬ多くの人々も共感し、仏像を支持し続けているのだ」と著者はいう。
 たしかに日本では仏教文化にうっすらとした共感を覚える人が多いとは思う。だが、ミロのヴィーナス展の入場者の多さは、仏教文化とは無関係だ。
 「今では仏像を文化財として捉えることも、宗教的なものとして捉えることも矛盾なく両立すると思っている」と著者は主張する。そのような両立のための重要な条件の一つは平和である。戦争をしていては、仏像鑑賞も難しく、他宗教に対して寛容になることもできない。
 政教分離の日本では、文化財でなければ行政は仏像の修復などに予算を付けることはない、という。今日では、仏教以外の宗教文化財も保護する必要があろう。仏像や神像を造ることに反対する宗教も、日本で育ちつつある。一方、日本において伝統的仏教は衰退している。本書はこのような状況の中で、仏像修復という作業をとおして日本文化が直面する問題を掘り起こした良書だ。
山と溪谷社・1944円)
<まきの・たかお> 1950年生まれ。吉備文化財修復所代表。
◆もう1冊
 塩澤寛樹著『仏師たちの南都復興』(吉川弘文館)。平氏によって焼かれた南都(興福寺東大寺)の復興から鎌倉期の彫刻史を見直す。
    −−「書評:仏像再興 牧野隆夫 著」、『東京新聞』2016年03月20日(日)付。

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仏像再興 仏像修復をめぐる日々
牧野 隆夫
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