覚え書:「論壇時評 『ことば』の復興 壊れた社会をつなぎ直す 作家・高橋源一郎」、『朝日新聞』2016年03月31日(木)付。

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論壇時評 「ことば」の復興 壊れた社会をつなぎ直す 作家・高橋源一郎
2016年3月31日

 舞台の上に、むすうの白い線がひかれている。それは、福島をかたち作っている海岸、道路、線路、河を示したもの。そしてふるさとのまち。その上に、子どもたちが眠っている。音楽が流れ出し、あさが来る。子どもたちが起き上がり、しゃべりはじめる。

 「いつだかのあさ……やっぱりあの日も……あさはおとずれた……

 なんともない日々のわたしたちのタイムライン……なんともない日々はわたしたちと歩いてゆく」

    *

 福島県の依頼で、劇作家の藤田貴大らが集まって、音楽劇『タイムライン』が創られた〈1〉。出演しているのは福島の中学・高校生。テーマは「あの日」。

 「あの日」とは何だろう。5年前の、あの震災の日だろうか。そうかもしれない。そうだとしても、あの時刻までは、穏やかに日常は流れていた。

 藤田は、出演する子どもたちから、彼らの生きる日常の一こま一こまを聞き取り、舞台の上に再現した。「地震」も「原発」も「津波」も出てこないのに、「あの日」が奪っていったものの重さ、大きさが浮かびあがる。けれども、同時に、それまで気がつかなかった日常のいとおしさも、抱きしめるように優しく描かれる。ほんとうに、ほんとうに素晴らしかった。

 『呼び覚まされる 霊性の震災学』は、東北学院大学・金菱(かねびし)清ゼミの学生たちによる、震災の記録プロジェクト〈2〉。学生たちは、被災地を歩き、マスコミにはあまりのらない、人びとの真率な声に耳をかたむけた。

 ある学生は、石巻タクシードライバーたちが頻繁に体験している幽霊現象について調査した。そんなものが科学的な調査の対象になるのか。学生たちは先入観をもたず、聞きとろうとする。「幽霊」たちはタクシーに乗り、ドライバーたちと話をした。もし、それが白昼夢なら、残された乗車記録は何なのか。そして、ドライバーたちの内心にあるものが、恐怖ではなく、深い畏敬(いけい)の念であることを確かめた。

 通常は手を合わせて祈るために作られる。けれども、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)の中学生のための「慰霊碑」は、遺族がその手で抱きしめるために作られた。膨大な遺体と対峙(たいじ)せざるをえなかった葬儀業者は、どうやって、彼らの感情をコントロールしたのか。学生たちは、夥(おびただ)しい「死」に分け入り、何が起こったのかを、被災者たちと共に掘り起こしてゆく。

 ゼミの主宰者・金菱清はこう書いている……わたしたちの社会は「死」をタブー視し、見えないものにしてきた。だが、暴力的に「死」と向き合わざるをえなかった、震災の当事者たちは、通常と異なったやり方で、「死者」を弔い、「死」を受け入れていった。そこには、わたしたちの社会が忘れかけていたものがあった。彼らは、単に「死者を忘れないこと」ではなく、やがて「死者と共に生きること」を目指すようになった。死を常に意識することで、はかない生の価値を深く噛(か)みしめるために。そこには、よりよい社会を作り出すための重要なヒントがあるのだ、と。

    *

 オウム真理教信者を描いたドキュメンタリー映画で知られる森達也監督の新作『FAKE』は、「全聾(ぜんろう)の作曲家」として世間を騒がせた佐村河内守を追いかけた〈3〉。彼は、ほんとうに聴こえなかったのか。ほんとうに、自分では作曲しなかったのか。だが、映し出されているのが、この事件の「真実」は何かという問いではなく、ほんとうにこの世界に「真実」などあるのかという問いであることに気づいたとき、観客は、迷宮の中に入りこむ思いに囚(とら)われる。映画が映し出そうとしたのは、社会を騒がせた一つの事件ではなく、この社会の構造そのもののように思えた。

 どんなに真実を探し求めても、たどり着くことなどできないのかもしれない。いや、そもそも、真実などなく、わたしたちはみんな「FAKE」(にせもの)に踊らされているのかもしれない。

 「真実」にもとづき「にせもの」を激しく糾弾する。それが正義だ。だが、どこにも正義などないのなら、どんな権利があって、誰かを、何かを否定し、攻撃できるのか。ついに「にせもの」でありつづけるしかない、わたしたち自身の愚かしさに、それでもそっと手を差し出すようにして映画は終わっている。

 わたしが担当する論壇時評は、震災直後、5年前の4月から始まった。1回目の最後に、わたしは、こう書いた。

 「壊滅した町並みだけではなく、人びとを繋(つな)ぐ『ことば』もまた『復興』されなければならない」

 壊れた社会が「復興」されるとき、それにふさわしいことばが生まれているだろう。今回とりあげたものの中に、その確かな萌芽(ほうが)があるように思える。

 この5年、わたしたちの社会は、大きく、激しく、揺れ動いた。何が起き、その何を見つめるべきなのか。もとより、乏しい能力の持ち合わせしかなかったが、全力で考えつづけた5年間でした。その間、この時評を考え、書くことがわたしの生活の中心になっていました。書きつづけることができたのは、みなさんが読んでくださったからです。ありがとう。また、どこかでお会いしましょう。

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〈1〉ミュージカル「タイムライン」(作・演出=藤田貴大、3月26日に福島市で上演/福島県いわき市でも4月3日に公演予定。チケットはホームページから、http://www.fukushima-performingarts.jp/別ウインドウで開きます)

〈2〉東北学院大学・震災の記録プロジェクト 金菱清(ゼミナール)編『呼び覚まされる 霊性の震災学』(今年1月刊)

〈3〉映画「FAKE」(監督=森達也、6月4日から渋谷ユーロスペースで公開)

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 たかはし・げんいちろう 1951年生まれ。明治学院大学教授。2011年4月から「論壇時評」を担当。「時評を書くために集めた本が1800冊くらいになっています」

 ◆次回からの「論壇時評」は歴史社会学者の小熊英二さんが担当します。
    −−「論壇時評 『ことば』の復興 壊れた社会をつなぎ直す 作家・高橋源一郎」、『朝日新聞』2016年03月31日(木)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12286357.html


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