覚え書:「書評:デビュー小説論 清水良典 著」、『東京新聞』2016年03月27日(日)付。

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デビュー小説論 清水良典 著

2016年3月27日
 
◆時代への位置づけ丁寧に
[評者]陣野俊史=文芸評論家
 論じられている作家は八人。村上龍村上春樹高橋源一郎、笙野(しょうの)頼子、山田詠美多和田葉子川上弘美町田康。いずれもいまの日本文学の中心を形づくっている作家である。
 彼らのデビュー作を読み直すという行為が本書の根底にある。単に読み返すというだけではない。彼らがデビューした一九七〇年代、八〇年代、そして九〇年代がどんな時代だったのか、必要に応じて概説する。あるいは、もっと時代を遡(さかのぼ)って日本の近代文学との比較を要する場面もある。著者はそれらを丁寧に行っていく。
 たとえば、多和田のデビュー作『かかとを失くして』が、日本の派手な経済的発展を、ドイツという外国で経験した女性の書いた小説であり(九一年発表)、彼女の小説のバイリンガルな性質を検討するために、二十世紀初頭の国際的詩人、野口米次郎(ヨネ・ノグチ)との比較を行ったりもする。
 作品を緻密に読みながら、社会状況に目配りし、同時に文学史的な意味にもきちんと言及すること−これは、文芸評論のもっともオーソドックスな書き方である。
 だが、このような書き方をする批評家がいま、本当に少なくなった。著者も「同時代の小説と本気で取りくむ文芸評論の居場所を、ささやかなりとも遺したい」と書いている。川村二郎や秋山駿といった文芸批評家の流れを、本書は確実に引き継いでいる。その意味では、現代文学の見取り図であると同時に、文芸評論の伝統を絶やさぬ試みと評価したい。
 最後に少しだけないものねだりを書いておく。作家八人ではさすがに足りない。せめて、島田雅彦松浦理英子保坂和志について、章を設けるべきだったのでは? もう一つ。彼らの小説を読んで小説を書き始めた作家がすでに沢山(たくさん)いる。若い作家(たとえば、古川日出男星野智幸)への言及もあればよかった気がするが、余計なお世話かもしれない。
 (講談社・1944円)
<しみず・よしのり> 1954年生まれ。文芸評論家。著書『文学の未来』など。
◆もう1冊 
 秋山駿著『内部の人間の犯罪』(講談社文芸文庫)。小松川女高生殺人事件を内部の「私」の犯罪であるとした表題作など犯罪論集。
    −−「書評:デビュー小説論 清水良典 著」、『東京新聞』2016年03月27日(日)付。

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