覚え書:「記者の目 ブログ発 待機児童問題=野口由紀(京都支局)」、『毎日新聞』2016年4月6日(水)付。

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記者の目
ブログ発 待機児童問題=野口由紀(京都支局)

毎日新聞2016年4月6日 東京朝刊

 京都市から届いた「入所不可」の通知を次男と見つめる女性=京都市伏見区で昨年5月、野口由紀撮影

保活に翻弄、転換を

 2月にインターネット上に投稿された匿名の「保育園落ちた日本死ね!!!」というブログを機に、待機児童問題への関心が高まっている。当初は「確認しようがない」と答弁を避けた安倍晋三首相も、保護者らからの批判の高まりに「待機児童ゼロを必ず実現させる」と軌道修正した。国は「待機児童解消加速化プラン」を進めるなど、無為無策だったとは言わない。だが、この問題は国が1994年に待機児童数を調査し始めたころから20年以上も未解決の政治課題だ。子供の預け先がなくて困っている人、「保活」に翻弄(ほんろう)される保護者らの気持ちを真摯(しんし)に受け止め、質の保証と量の拡大に本腰を入れてほしい。

「ゼロ」達成は実態かけ離れ

 私は主に京都市で待機児童問題を取材してきた。市は2014年4月に「待機児童ゼロ」を達成したと発表したが、1歳だった娘を保育所に預けるために走り回った私は耳を疑った。13年夏、区役所に相談に行くと「遅い」とせかされ、無認可も含めた保育所見学に出かけ、「保活セミナー」に参加。就職活動のような状態に疲れ、職場復帰できるか不安だった。そうした実感とは異なる数字の発表を受け、実態を取材してきた。

 同市伏見区のパート女性(35)は、市立小に通うダウン症の長男(7)の集団登校に付き添いが必要なため、14年と15年に次男(3)の保育所を自宅近くの2カ所に絞って申し込み、いずれも落ちた。だが、市は両年とも「待機児童ゼロ」。なぜか。そこには数字のマジックがあった。

 どこまでを「待機児童」と捉えるかは国が大枠を決めている。親の仕事や病気などによる「保育の必要性」が認められない児童や、幼稚園の預かり保育の利用に転じた児童のほか、「特定の保育所などを希望した」例は除かれる。女性はここに当てはまるとされた。京都市では、ゼロだった14、15年ともそれぞれ931人、637人が入所を希望したのに待機児童とは数えられなかった。女性はようやくこの4月からの入所決定の通知を得たが、「もやもやが消えることはない」と話す。

 「待機児童」の定義はあいまいで、自治体に基準を設定する裁量がある。これが自治体間の表向きの待機児童数の差を生んでいる。15年4月まで3年連続で待機児童数全国ワーストの東京都世田谷区は「育休中」を待機児童に含めるが、横浜市京都市などは原則として除外している。

 世田谷区の担当者は「政令市では除外している例が多いが、保育所に子供を入れたいということでは同じだ」と算入の理由を語り、「国で言う『待機児童』は実態を反映しておらず、数字的にあまり意味がない」と明かす。

 厚生労働省は3月末、待機児童に算入されていない「潜在的待機児童」が約6万人(昨年4月1日時点)いると明かした。同じ時点の「公式」待機児童約2万3000人の約2・6倍もの人が除外されている。

 さらに、この数字に含まれない人もいる。京都市西京区の専業主婦の女性(26)は長女(5)を保育所に預けて働こうとしたが、入所には仕事の内定が必要とされた。一方、就職するにはまず子供の預け先の確保が求められる。結局、構造的矛盾から抜け出せないまま保育所を諦め、15年春から幼稚園に入れた。日給で働く建設作業員の夫の収入では費用は重く、女性は「保活も就活ももっと頑張ればよかったか」と自分を責める。

 京都市は新たな保育施設を整備する財源確保を理由に市営保育所の民営化を進める。だが、「量の確保」だけでは対応できないこともある。市営は公的役割として、14年3月末時点で市内の民間保育所の約3倍の割合で障害児を受け入れている。弱者にしわ寄せが行かない配慮も必要だ。

応急処置では質の保証疑問

 「何が少子化だよクソ」とブログの言葉は乱暴だが、共感が広がったのは子育て世代の「哀歌」だからだろう。「ママ友同士でも入所の手の内は明かせない」「妊娠前から保育所に入りやすい地域に引っ越した」。都市部に住む同世代の友人から聞く保活の異常事態はこの国では常識だ。

 厚労省は緊急対策を発表したが、「一時預かり」の活用や市区町村に職員配置基準の弾力化を求めるなど、応急処置と規制緩和策が目立つ。これまで以上の効果や質の保証を見込めるか疑問だ。

 児童福祉法第2条は「国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う」と公的責任をうたう。この言葉をかみしめ、十分な財源確保を行う根本的な解決策に本気で知恵を絞る時だ。
    −−「記者の目 ブログ発 待機児童問題=野口由紀(京都支局)」、『毎日新聞』2016年4月6日(水)付。

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