覚え書:「加藤周一さんの思い、後世に 大江健三郎さん、文庫開設の立命館大で講演」、『朝日新聞』2016年05月11日(水)付。

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加藤周一さんの思い、後世に 大江健三郎さん、文庫開設の立命館大で講演
2016年5月11日

加藤周一さんの天皇制を論じた文章について語る大江健三郎さん=京都市立命館大
 
 戦後を代表する知識人、加藤周一さん(1919〜2008)の膨大な蔵書やノートを収めた「加藤周一文庫」が4月、立命館大京都市北区)にできた。それを記念し、親交の深かった大江健三郎さん(81)が7日、立命館大で講演。加藤さんの思いや戦後民主主義の精神を後世に引き継ぐよう、語りかけた。

 ■「天皇制を論ず」引用、現憲法の大切さ訴え 論議を禁忌とする社会、気がかり

 大江さんは「眠れない時に読む本」として、加藤さんの評論集『言葉と戦車を見すえて』(ちくま学芸文庫)を手に登壇した。「戦後の名著、世界的な名著と言ってよいもの。大江がいま大切に考えていることが、すべて書かれているといっていい」

 そして「天皇制を論ず」の一節を、繰り返し引用した。「天皇制は何故やめなければならないか。(略)戦争の原因であつたし、やめなければ、又戦争の原因となるかも知れないからである」「問題は天皇制であつて、天皇ではない」(原文ママ

 この考え方に同世代は賛同しやすいとし、理由として「(戦争という)大きな経験をしたから」と説いた。「戦争に敗れた時、憲法にある天皇の条項を書き直すということを日本人はした。天皇は象徴、シンボルなんだと。苦しみを経て、天皇が大きい権力を持たないと書いた。それを今も持ち続けていることがどんなに大切なことか」

 ただ、大江さんはこう危惧もした。「戦後100年経って、明治憲法と同じように天皇を『神』に戻して国を統一していこうと、日本人がするのではないか。その心配は今のところないけれど、いつぶり返すかわからない」

 懸念が生まれるのは、天皇制を論じることへの「禁忌」がずっと日本にあるからだという。大江さんは1961年、浅沼稲次郎社会党委員長の刺殺事件をモデルに右翼少年を描いた「セヴンティーン」を発表して、脅迫を受けた。「そういうことを書く人間は日本人ではない、という反応がこの国では常にある」

 大江さんは「これが最後の講演になると思う」と言いつつ、呼びかけた。「私たちがいなくなった後も、子どもたちが担っていく問題。一つの家庭で、親子が、夫婦が、兄弟が語り合えるようにしておかなければいけない。加藤周一という人も、そういう考えを持った人でした」

 文庫は4月、加藤さんが立命館大客員教授などを務めた縁で、衣笠キャンパスの平井嘉一郎(かいちろう)記念図書館2階にできた。一般の人も受付を通じて入館でき、開架資料に限って閲覧できる。

 (高津祐典)

 ■「少数者」として、四半世紀の思考の軌跡 本紙連載の時評『夕陽妄語』、ちくま文庫

 加藤周一さんが84年から、08年に亡くなるまでの24年間、本紙に毎月連載した時評「夕陽妄語(せきようもうご)」が、ちくま文庫になった(全3巻)。単行本に未収録だった07年1月〜08年7月の分を含め、全285回が通読できる。浮かび上がるのは、四半世紀にわたる世界や日本の変化と、それに向き合った一人の「知識人」の思考の軌跡だ。

 連載は表題「夕陽妄語」の説明から始まり、ウンベルト・エーコ著『薔薇(ばら)の名前』の感想、と続く。そして、米ソ対立から冷戦の終結、昭和の終わり、阪神・淡路大震災9・11テロ、イラク戦争など、時代の動きを同時進行で読み解いた。深まる日本の対米追随と大勢順応主義を批判し、晩年は日本国憲法(とくに9条)について何度も書いた。

 世界各地への旅、映画・芝居や絵の感想、亡くなった友人たちへの追悼も多く、それらは愛情に満ちている。

 立命館大加藤周一現代思想研究センター長の鷲巣力(わしずつとむ)さんは、こう話す。

 「加藤さんは一貫して、日本人のものの考え方がどんなものかを明らかにしたが、時々の問題に即して論じたのが『夕陽妄語』。それは、戦争に強い疑問を抱き、『少数者』であり続けた加藤さんから、今日の『少数者』への連帯のメッセージでもあります」

 90年代末、「夕陽妄語」を担当した時のことを思い出す。原稿を受け取り、疑問点を加藤さんに尋ねると、「あなたはどう思いますか?」とまっすぐに聞かれた。今回全編を読み返し、その率直な姿勢と、時代の変化の兆しをとらえ、先を見通す知性の力を改めて感じた。

 『日本文学史序説』『羊の歌』など、文庫や新書で読み継がれる加藤さんの代表作に、『夕陽妄語』が加わった。「同時代史」としても、一人の人間が死の間際まで続けた「思考の記録」としても、稀有(けう)なものだと思う。

 (石田祐樹
    −−「加藤周一さんの思い、後世に 大江健三郎さん、文庫開設の立命館大で講演」、『朝日新聞』2016年05月11日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12349846.html





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