覚え書:「【書く人】人とは?深まる思索 『記憶の渚にて』作家・白石一文さん(57)」、『東京新聞』2016年07月10日(日)付。

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【書く人】

人とは?深まる思索 『記憶の渚にて』作家・白石一文さん(57)

2016年7月10日


 「記憶」をテーマにしたこの小説の冒頭を書き始めたのは十年以上前。本紙夕刊での連載を機に、未完のまま温め続けていた題材に着手した。「今ならできるだろうと。普段は書き下ろしがほとんどなので、先が見えない中を進む面白さがありました。読者以上にドキドキしたかも」
 物語は、世界的に知られる一人の作家の不審な死で幕を開ける。彼がかつて発表していた奇妙なエッセーを鍵として「私」を名乗る複数の語り手が、死の背景に迫る。「作家を主人公にするのは楽屋落ちだと思って、避けていたんです。でもそれだと本当のことを書いていないような気がしてくる。それで自分に近い人物を書くようになりました。やましさがある分、飛びきり面白くなるよう、凝って仕上げてあります」
 謎が謎を呼ぶような緊張感あるストーリーの合間に、精神世界や記憶にまつわる考察が入り込む。「ミステリーと、超能力などのSF、哲学を全部ごっちゃにして文学にしよう」という試み。<記憶こそが、時間というものを作り出している><脳が灰になっても消えない記憶がある>…。読者の思考も次第に深いところへと導かれていく。
 思弁的でありながら、高いエンターテインメント性を併せ持つのが白石作品。これまでも、人生の意味や縁の不思議さについて、物語を通して模索してきた。描いているのは、自身が捉えた世界の形そのものだ。
 近年は、未来の予知など、人知を超えた能力も重要な要素として、作中に登場する。「えーっというような不思議な体験、僕にはたくさんありますよ」。さらりと話す。「インスピレーションを大事にした仕事をしていると、不思議なことに多く触れることになる。でも本当は、誰もが体験しているんですよ」。ただその多くは、眠っている間に見た夢のように忘れてしまいがちなのだとか。…確信に満ちた言葉を聞いていると、たしかにそういうものだという気持ちになる。
 「私たちが存在していることも、実はあいまいだと思いませんか」。私は本当に独立した私なのか。他者との境目はどこにあるのか。「人とは、肉体だけの存在でも意識だけの存在でもないと、僕は考えています。そういうことを、これからも表現していければいいですね」
 KADOKAWA・一八三六円。 (中村陽子)
    −−「【書く人】人とは?深まる思索 『記憶の渚にて』作家・白石一文さん(57)」、『東京新聞』2016年07月10日(日)付。

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