覚え書:「論点 消費増税 再び延期」、『毎日新聞』2016年06月01日(水)付。

Resize2806

        • -

論点
消費増税 再び延期

毎日新聞2016年6月1日 東京朝刊


主要7カ国首脳会議の議長国として記者会見する安倍晋三首相=三重県志摩市で2016年5月27日午後2時3分、川平愛撮影

 来年4月に予定されていた消費増税の2年半延期が決まった。これで2回目だ。安倍晋三首相は延期の判断基準を「リーマン・ショック東日本大震災のような事態」と説明していたが、今、日本はそうした危機的状況に直面しているのか。そもそも増税分で賄うとした社会保障政策の財源確保の道筋は立っていない。そして、前回衆院選で引き上げを公約した首相の責任は−−。

消費低迷 理解得られる 矢嶋康次・ニッセイ基礎研究所チーフエコノミスト

 主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)で、安倍晋三首相が2008年のリーマン・ショックを念頭に「対応を誤れば世界経済が危機に陥るリスクに直面する」と主張したことには違和感を覚えた。それを理由に消費増税を先送りするというのであれば、本来必要のない大型補正予算まで組むことになる。理屈になっていない。「国内の消費が弱く増税すれば先行きのリスクが高いので政治的判断として増税を先送りする」という説明の方が理解が得られるだろう。

 安倍首相は世界経済の状況がリーマン・ショック前に似ていると説明した。だが、当時と今とでは経済低迷の要因が全く違う。リーマン・ショックは、米国の住宅バブル崩壊をきっかけに、信用不安に伴う深刻な金融収縮を招き、需要が一気に減ったのが原因だ。しかし今はむしろ米連邦準備制度理事会FRB)は雇用情勢の改善など景気回復を受けて利上げをしようとしており、危機を目前にした状況とは言いがたい。

 しかし、国内に目を転じると、消費は低迷しており、総務省の家計調査では実質消費支出が2年連続で減少している。賃金が伸び悩む中で、物価がじわじわと上昇し、家計に影響を与えている。14年4月に消費税率を5%から8%に上げた影響がいまだに消費の足を引っ張っているという見方もできる。再び消費税を引き上げるのはリスクが高いと言える。

 一方で、少子高齢化で国民の将来への不安感が増すなか、安心を確保するために税と社会保障の一体改革は喫緊の課題だ。ただ、消費税率を10%に引き上げる際の軽減税率を拙速に決めたため、限られた時間の中で中小企業などは事務的な対応が難しい。消費の低迷に加え、増税への準備の遅れなどの事情を勘案すれば、影響の大きい消費増税の先送りは一定の理解を得られるのではないか。

 もちろん、先送りしても根本的な問題は解決しない。財政再建の議論とも絡むが、経済成長をどう実現し、税収を上げていくかという道筋を付ける必要がある。踏み込んだ改革を実行しないと、経済の実力を示す潜在成長率は上がらないだろう。アベノミクスで大胆な金融政策や財政出動を進めたのは、結果としてうまくいっているが、潜在成長率を上げるための政策はかなり遅れている。「第三の矢」に当たる構造改革は全く着手していないという印象だ。

 成長率を高めるには規制緩和が必要だ。安倍政権が掲げる同一労働同一賃金のような労働市場改革は不可欠だ。また、外国の企業を国内に招く対日投資の促進も重要だ。日本で勝負したい外国企業を呼びこみ、質の高い競争ができる市場を作れば、新たな産業や設備投資が生まれ、雇用が生まれるという循環ができるはずだ。これは安倍首相が就任時に宣言していたことだが、結局実現していない。

 安倍政権が新規国債の発行を抑えてきたのは評価できる。問題は第2次補正予算の規模だ。「危機」を前提に、10兆円以上の大型補正が必要という議論になれば、財政再建そのものが頓挫したという印象を与えかねないだろう。【聞き手・安藤大介】

14年衆院選 なんやった 谷口真由美・「全日本おばちゃん党」代表代行

 消費増税を見送るそうですね。つくづく、あの2014年の衆院選はなんやったんでしょうか。

 まあ、私も増税には賛成できません。3%分増えた消費税は全て社会保障費に使われているという話ですが、その証拠はありますか。結局増えた税収がいくらで何にいくら使ったのか、収支報告を見せてほしい。

 国会議員の政治資金問題が続々と指摘されたり、そもそも国民の負担増と引き換えに実行するとされていた衆院選挙制度改革が、小手先の「0増6減」で終わったり。今まさに大義が揺らいでいる前回の衆院選にかかったお金もそう。自分らはザルみたいにお金を使い、人の財布だけ締めるのは虫のええ話でしょ。

 増税延期は、アベノミクスが失敗やったということ。安倍晋三首相は先日、国会で自らを「立法府の長」と言いました。ご自身、国の最高責任者とでも思っているのでしょうか。ならば、アベノミクスが失敗した今、どう責任を取るのか示していただきたい。

 ただ、安倍さんが「女性活躍」関連の施策を経済低迷の原因と言い出さへんか、心配ですわ。

 政府、与党のいう「女性活躍」は、女性の人権からではなく、経済視点からの発想、というのが見え隠れしてますねん。先日も、超党派議員連盟による女性議員を増やすための法案が自民党部会に示されたものの、異論が噴出したと報道されました。今春、女性活躍推進法が施行されましたが、理念も分からんまま国会で通しはったんか、と疑いたくなります。

 安倍さんの国会質疑での態度も問題です。女性議員の質問に「議会の運営を勉強して」と言ったり「早く質問しろよ!」とヤジを飛ばしたり。男性議員への対応とは明らかに違ってます。私は、上から目線で弱者への視点がない男性を「オッサン」と呼んでますが、女性を半人前としか見ておらず、まさに「オッサン」。人口のおよそ半分を占める女性すら大事にされない社会で、ましてマイノリティーの人が大事にされますか?

 与党は参院選増税見送りを前面に訴えてくる可能性もあるけど、ごまかされたらあきません。与党が参院でも、憲法改正の発議に必要な3分の2の議席を獲得できるかどうかの選挙です。自民党改憲したいんやったら、正面から訴えていただきたい。平和を党是とする公明党が安全保障関連法を通した責任も問いたいですわ。

 基地問題も必ず、争点にすべきです。米軍属の男に遺体を遺棄されたとされる女性は20歳。生まれたのは、米兵による少女暴行事件が起きた1995年ごろです。この20年、沖縄の女性たちは声を上げ続けてきたのに、本土の人間は耳を傾けてこなかった。

 本当の国の最高責任者は、主権者たる私たち国民です。私たちも沖縄を盾にしながら「平和を守れ」と訴えるのはやめなあかん。成立当時は反対運動も盛り上がった特定秘密保護法も、ほとんどの人が忘れてるんちゃいますか。

 しつこいですが、増税見送りに浮かれてる場合と違いますで。「のどもと過ぎれば」をやめる時です。【聞き手・反橋希美】

理由となる重大事ない 吉川洋・立正大教授

 消費税率は2017年4月、予定通り10%に上げるべきだ。

 まず第一に、先延ばしする大義がない。14年に増税延期を表明した際、安倍晋三首相は「リーマン・ショック級の経済危機や東日本大震災」のような重大事がない限り、再度の先送りはしないと明言していた。その重大事がない。

 安倍首相は伊勢志摩サミットで、世界経済の現状が「リーマン・ショック前に似ている」と指摘したが、5月の月例経済報告(5月23日発表)と全く矛盾する。月例経済報告は政府の公式の経済分析だが、「世界の景気は弱さが見られるものの、全体としては緩やかに回復している。先行きについては、緩やかな回復が続くことが期待される」と分析している。これが、サミット数日前の政府の公式見解だから、世界経済がリーマン・ショック級の危機に直面しているという見方と、一体どういう整合性があるのか、説明が求められる。

 実際、月例経済報告で言っていることの方が、世界の見方なのだ。決して、世界経済がリーマン・ショック級の危機に直面しているとは見ていない。例えば、国際通貨基金IMF)は、今年の世界経済の見通しをプラス3・2%ぐらいで見ている。米国の中央銀行である米連邦準備制度理事会FRB)は6月、7月に利上げを検討している。世界経済がリーマン・ショック級の危機に直面しているのであれば、世界経済に大きな影響を与えるFRBが利上げを検討することはあり得ない。

 もう一つ、消費増税を巡る議論で不満に思っているのは、消費税は社会保障の財源に充てられるという視点が欠落していることだ。消費増税社会保障の持続性は表裏の関係だ。短期的な景気状況ばかりに関心が集まり、中長期的な社会保障をどうするのかということが議論にならないのはおかしい。加えて、政府が掲げる20年度の基礎的財政収支の黒字化は消費税10%でも苦しいのに、増税延期でさらに遠ざかることになる。

 消費税は国民からすれば、お金を払うことだが、ただ払うだけではなく、社会保障のサービスを買うことになる。もちろん個人の買い物の場合も、買い物をした時にお金が減っているが、皆納得して、買いたいと思う物やサービスを手にする。国の場合は国民全体でお金を出して、社会保障のサービスを受け取るのだから、個人の買い物よりも複雑だ。しかし、消費増税で消費が下振れするなど、お金の出入りのところだけを議論するのでは不十分だ。消費増税を先延ばしすることは、逆に言えば社会保障の将来がはっきりしないということだ。社会保障の将来像を示すことは、政府の一丁目一番地の仕事で、全体像をもっと議論して、はっきりさせたうえで説明しないといけない。

 補正予算も政府内で検討されているようだが、消費税を上げる場合は、短期的に言えば景気押し下げ圧力になるので、「補正予算である程度緩和しろ」と言うのは理解できる。しかし、消費増税を先延ばししたうえで、さらに赤字国債補正予算を組んでばらまくのは論外だ。【聞き手・南恵太】

「リーマン前」理由に
 消費税率の10%への引き上げは、当初2015年10月となっていたが、安倍首相は14年11月、増税の1年半延期を決めた上で衆院を解散。首相は10%への増税について「確実に実施する」と表明していたが、今年5月の伊勢志摩サミットで、世界経済が08年のリーマン・ショック前に似ているとの認識を表明。各国首脳から異論が出たにもかかわらず、首相は再び増税延期の方針を決めた。これに伴う衆院解散は見送る考えだ。

 ご意見、ご感想をお寄せください。 〒100−8051毎日新聞「オピニオン」係 opinion@mainichi.co.jp

 ■人物略歴

やじま・やすひで
 1968年生まれ。東京工業大卒。92年日本生命保険入社。95年ニッセイ基礎研究所研究員。主任研究員を経て、2012年から現職。15年に参議院客員調査員を務めた。

 ■人物略歴

たにぐち・まゆみ
 1975年大阪市生まれ。大阪国際大准教授(国際人権法)。2012年、任意団体の「全日本おばちゃん党」を結成。著書に「日本国憲法 大阪おばちゃん語訳」など。

 ■人物略歴

よしかわ・ひろし
 1951年生まれ。東大経済学部卒、米エール大院博士課程修了。東大教授を経て、2016年4月から現職。10年から財務相の諮問機関「財政制度等審議会」の会長を務める。
    −−「論点 消費増税 再び延期」、『毎日新聞』2016年06月01日(水)付。

        • -


論点:消費増税 再び延期 - 毎日新聞





Resize2763

Resize2359