覚え書:「憲法を考える:自民改憲草案・ハンガリーで読む:下 「美しい国」立憲主義とは距離」、『朝日新聞』2016年06月16日(木)付。

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憲法を考える:自民改憲草案・ハンガリーで読む:下 「美しい国立憲主義とは距離
2016年6月16日

 ハンガリー憲法の前文にあたる「民族の信条」は、こう書き出される。

 「我々、ハンガリー民族の構成員は、新しい千年紀の始めに、全てのハンガリー人に対する責任感をもって、次のとおり宣言する」

 各国の憲法前文の書き出しをみてみる。「日本国民は/この憲法を確定する」「フランス人民は/宣言する」「ドイツ国民は/基本法を制定した」

 「民族」という言葉は、使われていない。

 ハンガリー憲法学者、マイティーニ・ラースローさん(65)は言う。「顔も肌の色も考えも異なる人たちで社会は成り立っているのに、ハンガリーハンガリーと民族を強調することは少数派の排除へ向かいかねない。それは政権の難民排除の姿勢に表れているし、異国の人々に対する危険性すらはらむ」

 欧州評議会の下にあるベニス委員会は2011年6月、ハンガリーの新憲法への懸念を意見書という形で表明した際、前文にも触れ、宣言する主体は、「民族」ではなく「国民」のほうがふさわしい、と指摘した。「憲法は国民全体の意思を表すものだから、民族では狭い」

 ベニス委員会は、人権尊重や権力分立、法の支配という西欧の立憲主義の伝統と合致しているかという観点から、冷戦後、東欧諸国の憲法起草への助言などをしてきた組織だ。

 「民族や共同体を重視し、個人の自律を尊重していない」「キリスト教的価値観を反映し、価値中立的でない」「憲法裁判所の権限を制限している」。新憲法をめぐっては、ベニス委員会だけでなく、立憲主義の標準から外れているという批判が国内外でわき起こった。

 歴史と伝統を誇り、共同体の価値を称揚する、西欧流の立憲主義の伝統に基づかない、独自の憲法観で憲法を作って何が悪い――。そう開き直ってばかりはいられないようだ。

 日本はどうだろう。

 自民党日本国憲法改正草案では、前文が全文書き換えられ、書き出しは「日本国民」から「日本国」へ変わった。12条の「公共の福祉」は「公益及び公の秩序」に、13条の「すべて国民は、個人として尊重される」は「人として尊重される」へ置き換えられた。草案Q&A集は「人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要」とする。

 「民族」という言葉は使われていない。だが「長い歴史と固有の文化」「国と郷土」「和を尊び」「美しい国土」「良き伝統」と、前文に用いられた文言を連ねると、血や土地の結びつきで国をまとめていこうという底意を感じる。この国に生まれた以上、同じ価値観を持ち、共同体のために尽くすのが自然だと言われているかのようだ。

 草案は、人類が「過去幾多の試練」を乗り越え築き上げた、権力を縛るという普遍的な立憲主義の考え方とは距離がある。

 日本国憲法の公布から70年。この国は、どこに向かおうとしているのか。参院選を前に、自民党改憲草案にもう一度、目を通しておきたい。(編集委員・豊秀一)

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 「憲法を考える 自民改憲草案」編は来月再開予定です。参院選の期間中も、憲法について考える企画を随時掲載します。
    −−「憲法を考える:自民改憲草案・ハンガリーで読む:下 「美しい国立憲主義とは距離」、『朝日新聞』2016年06月16日(木)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12410941.html


 

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